アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#85
2020.06

小さいこと、美しいこと

2 さまざまな「目」がもたらす、まちの輝き 神奈川・真鶴町
3)真鶴とルーマニアを体験する
刺繍作家・金井塚友美さん1

移住者のなかには、先に移り住んだひととのつながりでやってきたひともいる。
刺繍作家・金井塚友美さんはそのひとりだ。主に植物をモチーフに、白い布に白い糸で、絵を描くように刺繍する。真鶴出版の2階の部屋ではテキスタイルを手がけていて、金井塚さんが刺繍したものもある。
繊細な作品を生み出す一方、金井塚さんにはエネルギッシュな一面もある。住んでいた東京から真鶴に来たのは28歳のとき、2章で少し紹介した「真鶴ピザ食堂KENNY」(以下、ケニー)との縁だった。吉祥寺から移住した夫婦が営むピザの店だ。

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金井塚友美さん

———ケニーの日香さんとは、10年前からの知り合いだったんです。出産を控えておられたときに、「アルバイトに来てくれるひとが見つからない」と聞いて、「じゃあ行きます!」って。
そうやってぽんと来ることができたのは、もともとアルバイトをしながら刺繍をしていたので、お引越しも困難なことではなかったんです。刺繍作家として勉強をするためにルーマニアに行きたいなって思っていた時期でもあって、東京の家を解約して、(ケニーの)向井家に居候することになりました。

移住したご夫婦がケニーを始めてから、真鶴には何度か遊びにきていたが、自分が移り住むとは思ってもみなかった。金井塚さんは特に大きな決心をするわけでもなく、声をかけられて、ふらりとやってきたのだった。ケニーが1周年を迎える2017年秋のことだ。

———1人で行くことは寂しくなかったのかって東京のひとから聞かれたことがあったんですけど、それはなかったですね。必然的に友だちがいっぱいできるから、名前を間違えないようにとか、失礼がないようにとか、そっちのほうが気になりました。それにやることがいっぱいだったので、寂しくしている暇がなくって。

日香さんに代わってケニーの「顔」になることは、責任を伴うものでもあった。オープンしてまだ1年足らず、店は人気だったとはいえ、金井塚さんのふるまいで、評判が変わらないとも限らない。

———おふたりが築いてこられたものを、ちゃんと継続しなきゃって思っていましたね。一生懸命頑張ってこられたから、まちのひとから「おいしいね」「いいお店だね」って信頼を得ていて、観光のひとも来ている状況がある。
「真鶴時間ってゆっくりしているよね」ってまちの方はおっしゃるんですけど、わたしは「はて?」って。ケニーの仕事を覚えないといけないし、ルーマニアに行く準備もしないといけないし。ずっとチャレンジしていたから、大変でした。

日香さんが復帰するタイミングで、金井塚さんは無事、ルーマニアに旅立った。2019年に入ってから3ヵ月ほどのあいだ、小さな農村でホームステイを体験する。滞在先のおばあちゃんの手元を見ながら、言葉なしに体得する刺繍も刺激的だったが、そこで見た人々の暮らしは、金井塚さんの求める生活そのものだった。

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刺繍作家になったのは、針と糸と布があれば手でできるから。糸が布を這うことで補強できるところも好き、という。1番上は個展で販売するために制作したハンカチ、2番目はサンプル用のもの。麻や綿、絹など布と糸の素材で、白の色みや質感はずいぶん変わる。奥深い世界 / 真鶴出版のテキスタイルは、集めていた古い生地のなかから見繕ったもの。ハンガリーの蚤の市で手に入れたレースなどをあしらって、愛らしく品のある雰囲気をつくった