2)出版で伝え、宿泊で迎え入れる
「真鶴出版」川口瞬さん、來住友美さん2
真鶴出版の特徴は、出版で自分たちの思想を伝え、共感したひとたちが宿泊しにここに来るということだ。
真鶴のことを外に発信し、ひとを受け入れる。
川口さん、來住さんは実際にやってみるなかで、出版と宿泊の相性の良さを感じるようになった。
出版業の第一歩は、まち歩き用の地図だった。『ノスタルジックショートジャーニー』と題したA3一枚の地図をつくったところから、仕事が動き始めた。それを見た真鶴町役場から移住促進パンフレットの依頼が入り、『小さな町で、仕事をつくる』という冊子の制作につながった。ふたりが生活するなかで実感することが盛り込まれ、真鶴のまちとひとの魅力がつまった1冊だ。
また『やさしいひもの』(2016年)は、真鶴出版の名前がひろく知られるようになったきっかけのひとつである。地場産業活性化のための助成を受け、地元の名産である干物をていねいに紹介し、真鶴に来たら店で干物と交換できる「ひもの引換券」を付けるというユニークな仕組みも考えた。
宿泊業は、自宅の1室を貸し出すところからスタートした。住居と兼ねていた「1号店」では、ゲストと朝食をともにするなど、仕事とプライベートの境目が曖昧なライフスタイルを送っていた。
1号店では宿泊受付サイト・Airbnbで貸していたこともあり、最初は宿泊客の9割が外国人だった。それも多くは箱根を目指す旅行者で、真鶴に興味があってやって来るひとは「皆無」だったという。
しかし『やさしいひもの』を出版したあたりから、その読者や、ふたりが取り上げられた雑誌やウェブマガジンなどで取り組みを知ったという日本人の宿泊者が増えていく。
真鶴は、誰もが知るような観光名所はない。ゲストに満足してもらえるか最初は不安だったが、外国人ゲストからは日本の民家に泊まることによって、ローカルな体験ができたと喜ばれた。一方で日本人ゲストの多くは、地方で暮らすことに関心があったり、新しい生き方を模索したりしているひとだった。ふたりにとっては思いがけない理由で、ゲストはこのまちの魅力を見つけていたのだ。
それには、真鶴出版ならではのもてなしも大きなポイントとなっていた。「まち歩き」である。外国人ゲストとまちのひととの通訳をきっかけに始めたことだったが、日本人ゲストにも想像以上の反応があった。実際にわたしたちも案内してもらったが、來住さんのガイドとともに歩くことは、ぶらぶら観光するのとは、まったく別の体験である。まちやひとと「出会う」感覚に満ちているのだ(詳細は4章以降を参照)。
出版業と宿泊業。出版で真鶴を発信し、宿泊で真鶴に迎え入れ、まちのリアルを紹介する。だから、この2つをいっしょに手がけることは、生業として効率もいい。
———宿単体で宣伝しようとすると大手宿泊サイトに頼らないと難しかったりするんですけど、出版というメディアがあることによってお客さんが来てくださいます。出版にとっても、(出版は)バーチャルなはずなんだけど宿というリアルな場がある。経済的な部分でもそう。宿は日銭を稼げて、出版はもうちょっと大きい単位で稼げるとか。(來住)
出版物を通して宿を宣伝できるため、今や宿泊サイトは使わず、直接予約のみだ。さらに2019年12月、真鶴出版の歩みをまとめた『小さな泊まれる出版社』を出版したことで、ふたりの活動はよりわかりやすく、ひとに伝わるものとなった。
———前は、わたしたちがお話して直接感想をいただいていたのが、今はこの子(本)が勝手に行ってくれて話してくれているようで、分身を得たような感じがしますね。(來住)
移住促進パンフレットなども手がけているが、真鶴出版として真鶴への移住をすすめているわけではない。ふたりは、移住者を増やすのではなく、真鶴を好きなひとを増やすことが大事だと考えている。
川口さん、來住さんを通して、訪れるひとたち自身が、能動的に真鶴との間に縁を見つけている。そのなかから移住を決めたひとは、16世帯40人にものぼる。