アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#84
2020.05

小さいこと、美しいこと

1 「泊まれる出版社」真鶴出版の取り組み 神奈川・真鶴町
4)懐かしさを感じさせる生活風景 真鶴出版のまち歩き1

宿泊客とともにする「まち歩き」は、真鶴出版ならではのまちを伝える取り組みだ。実際にまちに出かけ、ひとと関係を築き、風土を感じてきた体験と、本や文献などを調べ、学んできた知識の積み重ねを生かしている。
初めてのルートとしては、真鶴出版からさまざまな背戸道を通り、店やまちを訪ねながら港へと向かう。出発前に來住さんから、真鶴の歴史や文化など、ひととおりの説明を聞く。わかりやすく簡潔でありながら、深く理解して、知識を自分のものにしているように思えた。

外に出ると、真鶴の美しさを象徴するひとつ、小松石でつくられた石垣が正面に見える。ここからすでに、真鶴の物語が始まっている。

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真鶴の主要産業のひとつは石材採掘と加工業。小松山で採掘される「本小松石」がさまざまなかたちで積まれている。右端が採石そのままの石を積んだ「乱積み」。一番上が、墓石を削り出すときにでた不要な部分を使った「こっぱ積み」。真ん中の同じ大きさに揃っている石垣は「間知積み」と呼ばれ、この3つのなかで、真鶴ではもっともよく見られる積み方だ

階段を上ったと思えば下り坂になったり、思いがけない道につながっていたり。まるで迷路のなかをさまようように、背戸道を進んでいく。なかには個人の表札が掲げられた道もある。つまり、私道と示しているのだ。

———真鶴って標識を掲げていないところが多くて、公道も私道もごっちゃになっているんです。どこかに抜けるのに便利な道なので、一般のひともどうぞ使ってくださいっていう気持ちで、名前を書いていないところもすごく多くて。(來住)

植物も同様に、どこまでが自然によるもので、どこまでがひとの手にかけられたものなのかも曖昧だ。コケや野花ひとつをとっても、「いろんな美意識のひとがいて、わざと残すひともいれば全部取っちゃうひともいる」と、來住さん。植物の見せ方のヴァリエーションだけでも、いかに住民の価値観が多様であるかが想像できる。

來住さんが「まち歩きしていて面白いのは、坂が多いので景色がどんどん変わることですね」と言う。
ひとつとして同じものがない背戸道、四季折々で異なるようすを見せる植物など、5年ここに暮らす川口さん、來住さんにとっても、日々新しい発見があるようだ。そんな日常のなかで見つけたこと、聞いたことを織り交ぜたまち歩きは、常に更新され、いきいきとしている。

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細い背戸道は秘密の探検のような楽しさがある。しかし、地元のひとにとっては道路に面しているかどうかで資産価値や新築可能かどうかなど、生活にも関わってくる / ところどころに木柱が。「真鶴にはけっこう残っていて。ハワイとかだと景観のためにわざと使っていたりするんですけどね」(川口)/ 小松石が至るところで使われている

くねくねとした坂や階段を下ったり、上ったりしながら、まちを一望できる場所に到着する。いわゆる歴史的な建造物は見当たらず、トタン屋根の家々が広がっている。真鶴は1923年の関東大震災で大きな被害を受けており、それ以降に建てられた建物が多いそうだ。川口さんが『小さな町で、仕事をつくる』で書いた「『懐かしさ』を感じさせる、美しい生活風景とコミュニティがあります」という言葉そのものの景色が、ひろがっていた。

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