4)懐かしさを感じさせる生活風景 真鶴出版のまち歩き1
宿泊客とともにする「まち歩き」は、真鶴出版ならではのまちを伝える取り組みだ。実際にまちに出かけ、ひとと関係を築き、風土を感じてきた体験と、本や文献などを調べ、学んできた知識の積み重ねを生かしている。
初めてのルートとしては、真鶴出版からさまざまな背戸道を通り、店やまちを訪ねながら港へと向かう。出発前に來住さんから、真鶴の歴史や文化など、ひととおりの説明を聞く。わかりやすく簡潔でありながら、深く理解して、知識を自分のものにしているように思えた。
外に出ると、真鶴の美しさを象徴するひとつ、小松石でつくられた石垣が正面に見える。ここからすでに、真鶴の物語が始まっている。
階段を上ったと思えば下り坂になったり、思いがけない道につながっていたり。まるで迷路のなかをさまようように、背戸道を進んでいく。なかには個人の表札が掲げられた道もある。つまり、私道と示しているのだ。
———真鶴って標識を掲げていないところが多くて、公道も私道もごっちゃになっているんです。どこかに抜けるのに便利な道なので、一般のひともどうぞ使ってくださいっていう気持ちで、名前を書いていないところもすごく多くて。(來住)
植物も同様に、どこまでが自然によるもので、どこまでがひとの手にかけられたものなのかも曖昧だ。コケや野花ひとつをとっても、「いろんな美意識のひとがいて、わざと残すひともいれば全部取っちゃうひともいる」と、來住さん。植物の見せ方のヴァリエーションだけでも、いかに住民の価値観が多様であるかが想像できる。
來住さんが「まち歩きしていて面白いのは、坂が多いので景色がどんどん変わることですね」と言う。
ひとつとして同じものがない背戸道、四季折々で異なるようすを見せる植物など、5年ここに暮らす川口さん、來住さんにとっても、日々新しい発見があるようだ。そんな日常のなかで見つけたこと、聞いたことを織り交ぜたまち歩きは、常に更新され、いきいきとしている。
くねくねとした坂や階段を下ったり、上ったりしながら、まちを一望できる場所に到着する。いわゆる歴史的な建造物は見当たらず、トタン屋根の家々が広がっている。真鶴は1923年の関東大震災で大きな被害を受けており、それ以降に建てられた建物が多いそうだ。川口さんが『小さな町で、仕事をつくる』で書いた「『懐かしさ』を感じさせる、美しい生活風景とコミュニティがあります」という言葉そのものの景色が、ひろがっていた。