アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#12
2013.12

暮らしのなかの「うつくしいかたち」

前編 民家博物館「四国村」と現代美術の出会い
6)「フォリーのある風景」から「理想郷」へ
遠藤秀平「ハーフテクチャー四国村」。高松市内を一望するバラ園に、竹を使ってしつらえられた

遠藤秀平「ハーフテクチャー四国村」。高松市内を一望するバラ園に、竹を使ってしつらえられた

手塚貴靖+手塚由比「プチプチ」。梱包材を使ったシェルター

手塚貴靖+手塚由比「プチプチ」。梱包材を使ったシェルター

中村勇大「ピエロ」。カラーコーンを支柱に高反発繊維材が屋根やベンチの役割を担う(以上3点撮影:宮脇慎太郎)

中村勇大「ピエロ」。カラーコーンを支柱に高反発繊維材が屋根やベンチの役割を担う(以上3点撮影:宮脇慎太郎)

ところで、「無何有郷」展は、ギャラリー内と古民家展示に分かれた藤本の「うつくしいかたち」展をつなぐ「フォリーのある風景」展に支えられている。「フォリー」のもとの意味は、英国式やフランス式庭園などにおかれていた装飾用の小さな建物のこと。庭園を飾るためのオブジェ的な存在で、本来的には日よけや雨除け、居住といった機能はもたないものらしい。この企画では、三組の建築家がそれぞれ得意とする素材を使って、民家をめぐる来館者ために期間限定の道しるべをつくった。四国村周辺の材料にこだわって竹を選んだ遠藤秀平、緩衝材「プチプチ」を使った手塚貴晴と由比のユニット、そして巨大な赤いコーンを醤油蔵の前に置いた中村勇大。設置当初は、すでに土地に馴染んだ民家たちのはざまで、化学的な素材もあって違和感を放っていたが、夏の強い日差しや雨風を受けて、それでも徐々に溶け込んでいる印象を受けたのは不思議だった。

手塚は座談会で「意識したのは、今度のフォリーをつくるときに、森のなかにいる生き物みたいなものをつくりたいなと思っていて。僕は最初、実はずっと言っていたのは、コダマという『もののけ姫』のなかに出てくるキャラクター。あれは別に自然におもねって、たとえば木のまねをしたりね、草のまねをしたりするわけではないけれど、生命体として息づいているところがあって。ほかのものと違うかたちなんだけど、ちゃんと自然の一部として存在している。これが建築だという感じのものは欲しくなかった。そこに住んでいるみたいなものがつくりたかった。
そこにある民家というのは、建っている間にだんだん自然と同化しながらひとに使われて強くなっていくんだけど、われわれのつくった作品はそこに住んでいる動物みたいなもんだから、別に同化するというのではなくて、そこに参加している一員みたいな感じ」と語っているが、確かに一見、自然のなかにある民家に対して違和感を放つケミカルなフォリー2点は「同化せず、でも参加する」という意識をしっかり体現していたように思う。この意識はおそらく、藤本の「うつくしいかたち」にも通じるものだ。

全体の展覧会名「無何有郷」とは、中国古代の思想家の荘子に由来する言葉で、理想郷やユートピアを意味するらしい。古今東西、理想郷は見果てぬ夢と思われがちだが、本展の企画者は「どこにもないけれど、でもどこかに見いだせるのではないかという希望」を込めているという。「日本の昔の民家のあり方や風景を取り込む生活、最小限の道具の使用という生活様式から、理想郷は何気ないわたしたちの身近なところにあるのではないか」という問いかけだ。