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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#9
2013.9

京都 西陣の町家とものづくり

後編 ショップ兼工房としての町家
9)古いものと新しいもの
唐紙職人・嘉戸浩さんの場合(3)
貴重な版木の数々。嘉戸さんが自らデザインすることもある。左下の雀2匹は、チャリティーのアートイベントで出合った須田悦弘氏が自ら彫ったもの。右奥の鍵モチーフが斬新な版木はミヤケマイ氏と展覧会用に共作したものだ

貴重な版木の数々。嘉戸さんが自らデザインすることもある。左下の雀2匹は、チャリティーのアートイベントで出合った須田悦弘氏が自ら彫ったもの。右奥の鍵モチーフが斬新な版木はミヤケマイ氏と展覧会用に共作したものだ

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独立する時に一番大変だったのは道具を新調することだったそうだ。長い時間をかけて自分の手足となるように使いこなしていく

独立する時に一番大変だったのは道具を新調することだったそうだ。長い時間をかけて自分の手足となるように使いこなしていく

そうして2009年秋、嘉戸さんたちは、「かみ添」をオープンした。

———この町家が見つかっていなければ、わたしたちも独立を考えなかったかもしれません。飲食店と違って設備もそんなに要りませんし、ほとんどそのまま使えるような物件を探していたので。若いひとたちが、個人で無理なくショップ兼工房を開くには、町家は始めやすいかたちだと思います。住むことまで考えると、もっと広さが要るし、もしうまくいかなかったらやり直しがきかないと思って、スタートすらきれなかったかもしれません。

そう話すのは、この物件を見つけてきた美佐江さんだ。唐紙そのものだけでなく、建物の造りや建材など、デザインやものづくりが好きなひとが店内のいろいろな部分に興味を持ってくれて、それをきっかけに会話が始まるのがうれしいという。

———土間も大きく立ち話もしやすいし、待ち合いの椅子や板間に腰かけてもらうこともできる。理髪店時代をご存知のご近所さんが来られると、「なつかしい、昔ここによう座ってたんや」と言って腰かけていかれます(笑)。この建物自体がまちに愛されてきたんだな、と感じますね。新築だったら、こういうことはなかったかもしれません。

長屋ゆえ、隣の気配が感じられるのも刺激になる、と嘉戸さん。

———以前、東隣が有名なわらび餅屋さんだったんですが、毎日、ご主人がわらび餅を練っている音が、かすかに聞こえてくるんです。その音を聞いて、あかん、僕も仕事せな、って。そのお店は数年前に移転されてしまったのですが、音が聞こえなくなったのが、もうさみしくて。一方で、西隣にあるカフェのさらさ西陣さんでライブがある日、生演奏のBGMが聞ける、なんていう特権もあります。

まさに、ものづくりが生む音に寛容な西陣ならではのエピソード。嘉戸さんや美佐江さんの話には、西陣の町全体への尊敬と信頼の気持ちが垣間見える。

———交通の便が決していいわけじゃないので、たまたまうちがお休みの日に来てもらったお客さんには申し訳ない気持ちでいっぱいになります。でも、うちのほかにも訪れてほしいお店がいっぱいあるのが、西陣のありがたいところです。歩いて回れるまちの規模も絶妙ですしね。

まち全体をおすすめできる。そのことは何よりも、ここで仕事をしていることへの誇りを養うことだろう。
嘉戸さんは、工芸職人とデザイナーが組んで作品をつくるチャリティーイベントに参加したり、木彫で知られる作家・須田悦弘氏や絵描きのミヤケマイ氏といった著名な美術作家から依頼を受けて唐紙を刷るなど、美術作品にかかわる仕事もたびたび行っている。

———僕、今もグラフィックデザインが大好きで。憧れてやまないひとたちがたくさんいるんです。僕が彼らと同じ土俵で仕事していても、背中を追うばかりで一緒に仕事することなんかなかったかもしれない。でも、京都のこの場所で、こんなものづくりをしていることで、彼らに知ってもらって、一緒に仕事ができるチャンスが生まれたり、お話できる機会がある。そういう時、ああ、いい仕事に就いたなあ、って思います。

古いものと、新しいもの。それらは相反するものではなく、限りなく同質で、本来ははじめから相性のいいものなのかもしれない。

———唐紙は「型押し」という古典的な印刷技法でつくります。つまり印刷物なんですね。一方で、今の最先端の印刷技術が何を目指しているかというと、「コンピュータでいかに手刷りの風合いに近づけるか」なんです。スーパーローテクなものとスーパーハイテクなものって、正反対の方向に進んでいって、いつか円のように合致するような気がする。僕は、唐紙をやりながら、その瞬間を待っているような気がします。