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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#9
2013.9

京都 西陣の町家とものづくり

後編 ショップ兼工房としての町家
10)まちづくりも、ものづくり
「かみ添」の工房。唐紙を干す場所が少ないのが目下の悩みだが、この規模だからこそ思い切ってスタートがきれた

「かみ添」の工房。唐紙を干す場所が少ないのが目下の悩みだが、この規模だからこそ思い切ってスタートがきれた 

8月号・9月号にわたり、西陣の町家を媒介にして自然発生し、根づき始めた、新しいものづくりのかたちを追いかけてきた。取材を終えてみると、西陣は、美しい織物をつくりだしてきただけでなく、ものづくりする人々を支える土壌と町家を生み、若いアーティストや職人の独立を目に見えない力で後押ししてきたことがわかった。
今回出合った西陣の町家を拠点に活躍する人々が、揃って1970年代前半生まれだったことも、偶然ではない気がする。旧きよき昭和の空気のなかで生まれ育ちながら、学生の頃に一気にパソコンや携帯電話の普及によるデジタル化の波を浴びた世代。その両方の良さをうまく抱え込める世代だったからこそ、町家の魅力に引き寄せられ、また、生きた町家の使い方ができたという見方もできるだろう。
伝統的なもの、古典的なものに、わたしたちは本能的に憧れる。そこには、考え抜かれた技と、工夫から生まれた機能美がある。しかし、ときに古典的なものは、完成に近づくほど慣習化され、内向的になり、閉鎖的になる。洗練と膠着は、常に背中合わせだ。
そんななか、ものづくりのまちとしての西陣の魅力、住居やアトリエや工房としての町家の魅力は、まず京都以外の出身者が身をもって教えてくれた。そして、西陣をはじめとする京都の空き町家を利用したものづくりの活発な動きは、今や全国に飛び火し、日本中の古民家が見直される大きな流れをつくったと言っていいだろう。
一方で、家具も生活道具もない“きれいすぎる”店舗化ばかりでは、本来あるべき住居としての町家保存には結びつかない、と見る向きもある。また、町家のすぐれた建築技術や耐震性を勉強しないまま改装を行い、大事な大黒柱や支え壁を取っ払ってしまっている例も見られるなど、懸念も多い。不動産物件として町家が取り扱われるようになり、改装費や家賃が跳ね上がって、若いアーティストや職人にはもう手の出ない状態になりつつあるという現状もある。しかしそれも、空き町家が利用されなければ出てこなかった、今後に生かすべきヒントをたくさん含む課題だ。
事実、その問題を積極的に解決すべく、行政による空き町家の調査や、工事や相続について総合的に相談できる公の窓口もできた。
まちは「計画的」にはつくれない。ハコだけつくって、“さあどうぞ、ご自由に何かやって活気を出してください”と待つことがまちづくりなのではない。その土地、そのまちで何かを始めようとする人々が集まってきた時、トラブルや問題が必ず発生する。それらをひとつひとつ、つぶしていき、解決していく。その繰り返しを根気よく続けていったときこそ、ほかの土地では見ることのできないかたちをしたまちがそこに現れるのだと思う。
まちづくりも、ひとつのものづくり。西陣に最初に入居したアーティストたちが、ぼろぼろの町家を少しずつ直しては快適な空間に生まれ変わらせていったように、それを見た大家さんたちが、あんな風に住んでもらえるなら貸してもいい、と少しずつ変化していったように。ゆっくりでも、いびつでも、そんな有機的な変化の繰り返しをあきらめないまちこそが、永続可能性を感じさせるものづくりの形を生み出すのだ。

吉靴房
http://kikkabo.info/

UCHU wagashi
http://www.uchu-wagashi.jp/

かみ添
http://kamisoe.com/

編集・取材・文:姜 尚美
編集者、ライター。出版社勤務を経て、現在はフリーランスで雑誌や書籍を中心に執筆活動を行う。
著書に『あんこの本』『京都の中華』、共著に『京都の迷い方』(いずれも京阪神エルマガジン社)。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表
も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見
つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmar’sKEI
KO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。