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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#9
2013.9

京都 西陣の町家とものづくり

後編 ショップ兼工房としての町家
7)ショップ兼工房兼モデルルーム
唐紙職人・嘉戸浩さんの場合(1)

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(上から)「かみ添」の板の間。金銀の唐紙が張られた壁、市松模様の襖に囲まれ、小さな桂離宮にいるよう /

(上から)「かみ添」の板の間。金銀の唐紙が張られた壁、市松模様の襖に囲まれ、小さな桂離宮にいるよう / パリの現代美術作家、Marie-Ange Guilleminot氏に依頼されてつくった、金銀6色を具引きした紙。具引きした紙は、注文があってから越前に和紙を発注し、ハケで表面を染める。ここに型押しで模様を付けると唐紙となる。「型押し前の具引きした紙を売っている店は、うちぐらいだと思います」 / ポチ袋はひとつひとつ手折り、手貼りしている。機械でやると、せっかくの胡粉が落ちてしまい、紙の折り目の自然なふくらみも出ないという 

銭湯跡を使ったカフェや町家の手打ち蕎麦の店、天然酵母のパン屋さんやゲストハウスなどが並ぶ、鞍馬口通。映画のロケ地にもなるなど、西陣でも特ににぎやかな通りだ。
嘉戸 浩(かどこう)さんと妻の美佐江さんが営む唐紙の店「かみ添(そえ)」も、この鞍馬口通にある。唐紙とは、襖や壁に張られる装飾和紙のこと。かみ添は、和紙を胡粉(ごふん))で染め、雲母(きら))の粉末を版木で型押しする作業をすべて、嘉戸さん一人の手で行う、全国でも珍しい店だ。
もとは80年続いた散髪屋さんの店兼住居だったという町家には、流し場や待ち合いの腰掛けが残る。店に入り、真っ先に目に奪われるのは、海の泡のように見えては消える、モダンな銀色の水玉模様の壁紙。奥の部屋の壁紙には、お揃いの水玉模様が金色で刷られており、それぞれ日の当たり具合で、見え方が幻想的に変化する。

———桂離宮の古書院をイメージしたものなんです。好きな方はやはり、気づかれますね。

板の間にある襖には、やはり唐紙が張られており、小さな家でも襖ひとつで雰囲気ががらりと変わることを教えてくれる。つまりこの空間が、ショップ兼工房、そしてモデルルームとして機能しているのだ。
納品先は、日本各地をはじめ、パリやニューヨークなど海外にも及ぶ。

———先日、フランス人の現代美術の作家さんの焼き物に合わせて、金と銀をそれぞれ6色ずつ具引きした紙(耐蝕性を持たせるため胡粉で表面を染めた紙)を納品したんです。大変でしたけど、最近やらせていただいた仕事のなかで一番面白かったです。

嬉しいのは、その唐紙の手触りや美しさを、便箋やカード、ポチ袋として買えるところ。二人が手作業で折ったり、糊づけして貼ったりしているそれらの「唐紙文具」は、実用品でありながら、懐紙の代わりにもなり、額に入れて飾っても美しい。
唐紙の歴史は古く、もとは公家文化として発展してきた。昔は京都に13軒あったという工房は、現在、左京区にある「唐長(からちょう))」のみ。そこで唐紙の製法を学んだ嘉戸さんは、代々家族が技術を継承するのが習わしとなっているこの世界で、外から入ってきた上に独立を許された、稀な存在だ。

———唐紙の版木には吉祥紋様が多いのですが、うちではインドやトルコなど、旅先で見つけた古い版木も使っています。修業先が古い版木を持ってらっしゃるので、同じことをしても仕方がないですから。シルクロードを逆走して西洋のものも使ってみようかと。

工房は2階。作業台のそばには、何枚もの版木が積み上げられている。

———日本の版木に使われるのは、朴の木です。昔の版木を見ると、木の密度からして全然違いますね。彫り師さんは、彫る技術も大切ですが、良い朴の木の仕入れ先を知っているか、といった彫ること以外の知識も重要なんです。そして、彫り上がってきた版木の癖や、彫り師さんの彫り癖を見極めて刷っていくのが、僕らの仕事です。

嘉戸さんに、唐紙を刷るところを見せてもらうことにした。「ふるい」という、丸い木枠にガーゼを張った道具にハケで水を塗り、続いて水で溶いた雲母を塗る。それを版木の模様の突起部分にぽんぽんと軽く押しつけ、そこへ紙をそっと置く。さすったり、バランで刷りこんだりはしない。紙に空気を定着させるような、非常に繊細な作業だ。

———雨の日が一番、作業がはかどります。唐紙は水をたくさん使うので、湿気がある方がやりやすいんです。だから湿度の高い京都に根づいたのかもしれません。

紙も、春と秋では仕上がってくるものが全然違うという。

———どれだけ水を吸うか、絵の具をはじくか。その見極めを、毎回しなければならないのが難しい。でも、その仕上がりの自然の“揺れ”みたいものが好きなんです。

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水で溶いた雲母をハケで「ふるい」に塗り、版木の模様部分のみに付くよう軽く押し付け、その上に具引き済みの紙をそっとのせていく。版木は「水」をテーマに彫られたもの。使う紙や版木、その日の気候によって微妙な調整が要求される

水で溶いた雲母をハケで「ふるい」に塗り、版木の模様部分のみに付くよう軽く押し付け、その上に具引き済みの紙をそっとのせていく。版木は「水」をテーマに彫られたもの。使う紙や版木、その日の気候によって微妙な調整が要求される