アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#161
2026.10

シネマと本とパンと2 まちの「あいだ」を潤す 
―

1 家具をつくる、風景をつくる  山口県萩市
3)脳内のイメージをかたちに 空間を生み出す

アトリエが現在のような空間になる最初の一歩は、両親から頼まれてつくったトイレだった。
忠弦さんには空間づくりの知識も経験もなく、この工場をどうにかしようという明確な構想があったわけでもない。つくってくれと言われて、「どうせ暇」で、他にやりたいこともないし、やってみるか、というくらいの気持ちで始めた。とはいえ、どんなものをつくりたいか、かなり詳細にノートに記して、イメージを具体的に育てていった。

2026.07.13-14-0382

施工を始めたその日、「こんなものが欲しい」と思い描いていた素材が不思議な巡り合わせで手元にやってきた。一つは以前、仕事で古道具屋に取り付けた扉の片割れ。もう一つは、くり抜けば洗面台になるほど厚みのあるケヤキだった。扉には一部を継ぎ足し、ケヤキは削って、まるでヨーロッパの昔話に出てきそうな扉と洗面台ができあがった。さらに訪れた人が心地よく過ごせるようにと、トイレだけでなくキッチンも備えた空間をつくリはじめた。さらに、石積みの壁をつくろうと改修作業にとりかかった時、またもや奇跡のような石との巡り合わせがあった。

忠弦:どうやって石を積んだらいいかわからなくて、元あった壁にチョークで描いて妄想してたんです。そしたらちょうど友達が「何してるんですか?」って訪ねてきて、ここに石を積みたいんだって言ったら、「昔の火山の石が空き地にめちゃくちゃありますよ。全部あげます」って。

それは萩の古い家屋で基礎に使われ、建て替えによって行き場を失っていた石だった。石積みの経験はなかったが、忠弦さんは頭の中にまずイメージを思い描き、ノートや壁にそれを描き写した。それを手がかりに、見よう見まねで石の間にセメントを入れながら一つずつ石を積んでいった。最初はずっと一人で、そのうちに手伝ってくれる人も現れ、長い時間をかけて試行錯誤しながら完成した石積みの壁。それははじめて作ったものとは思えないような存在感を放ち、ずっとこの場所にあったような経年を感じる佇まいで、この場所に馴染んでいる。

アトリエに置かれた手作りのアイデアブックは、忠弦さんの創作の源だ。インスピレーションを受けた言葉や緻密な設計図が、鉛筆でみっしりと描き込まれている。完成形が最初からあったわけではない。それでも、その都度「こういうものが欲しい」「ここをこんな空間にしたい」というイメージは、忠弦さんの頭のなかにはっきりとあった。そのイメージを形にしようと手を動かすうちに、ぴったりの素材が巡ってきたり、知恵や力を貸してくれる人が現れる。そんな積み重ねによって、この場所は少しずつ形づくられてきた。

知美:この場所は、ある意味、忠弦さんの頭のなかです。大事にしていることが空間の形で体現されていて、言葉ではなく、ここを見てもらうことで忠弦さんの価値観が伝わる。自分を説明する手段なんだと思います。

生まれたときから身近にあった木、そして『ガンダム』や『ロボコップ』などのアニメや映画、パンクロックなど、幼少期から今に至るまで浴びてきたカルチャーを表現する異素材。それらを融合させながら、忠弦さんは工場を自分の世界を体現するアトリエへと変えていった。

2026.07.13-14-0413

2026.07.13-14-0403

2026.07.13-14-0427

2026.07.13-14-0428

2026.07.13-14-0392

(上から)トイレにつづくエントランス。左右の壁に大きな石がダイナミックに積まれている。さらには、トイレの中にも石積みが / ケヤキをくりぬいた洗面台。重厚な素材で石のようにも見える / 中原木材流のクリスマスツリーと、各種パーツなど。メカと有機物が合体しているようなテイスト / アイデアノートは何冊にも及ぶ