北海道・東川町が、「写真の町」からスタートして、どのようにして文化のまちづくりを行ってきたのか。本連載では全4回を通じて、その40年の歩みを追ってきた。
「写真の町」は、一過性のイベント型まちおこしではなく、通年で人を呼び込む持続的な地域づくりを目指して、1985年にスタートした。1994年に高校写真部の全国大会「写真甲子園」が始まると、町民と事業との接点が生まれ、理解は少しずつ広がっていく。「写真の町」は、次第に東川のまちづくりの根幹へと位置づけられ、文化のまちづくりが模索されていった。ここまでが前半の20年である。
後半の20年で町が打ち出す「文化」の裾野は、地域が育んできた家具デザイン文化、大雪山文化、国際交流などに大きく広がっていく。まちの文化を体現する公共施設「せんとぴゅあ」を通じて、その複合・交流する現在の東川の文化のあり方を前号までに見てきた。今号では、そうした現在の東川らしさが形づくられた2000年代以降のまちづくりの発展期を関係者の証言から振り返る。そして、また一つの転換期を迎える41年目以降の文化のまちの動向も追ってみよう。




1)写真の町の40年 経済と結びつける
2)写真の町の40年 文化の根幹 / 裾野を広げる
3)新たな柱としてのデザイン文化構想
4)町民のために、町民とともに 多様な対話を
5)終わりに 小さな文化拠点の萌芽


