4)町民のために、町民とともに 多様な対話を
現在、東川町では移住者が人口の約6割を占め、以前に増して多様な背景や価値観を持つ人びとが暮らすまちになっている。財源確保の努力の結果ではあるが予算規模がかつての4倍に膨らみ、名目上は借金も増えた(実質的には町債負担は減っている)。町政に関する情報発信やコミュニケーションが十分とは言えず、町民のあいだに不安や不満が少なからず広がっていたという。こうした状況を受け、菊地町長は就任直後から町政の実態を伝えながらタウンミーティングを重ね、町民との対話に力を注いできた。
———多様性と多文化共生を大事にしたまちづくりの成果として、住民にもいろんな分野の、いろんな考え方を持つ方が増えています。さらに、外から応援、協力いただく方にも同様のことが言える。そういった状況が生まれていることが、まずは成果だと思うんです。
ただ、そういう状況になると、いろんな意見、いろんな考えが出てくるのは当たり前のことで、では、それをどういうふうに今後のまちづくりに活かしていくのかを考えなければいけない。私が町長に就任したのは、ちょうどそのタイミングだったと思うんです。
町民のみなさんがこの20年の成果を必ずしも自分ごとと感じていない状況も生まれてきていました。ですから私の役割は、まずは松岡町政で積み上げられてきた成果をきちんと説明し、共有し、共感してもらうことではないかと考え、就任後すぐにタウンミーティングを始めたんです。
菊地町長は、行政主催の場にとどまらず、「出張タウンミーティング」と称して、民間有志が主催する対話の場にも積極的に足を運んできた。
この10年ほどで新町民となった30〜40代の移住者や、飲食店・商店を営むUターン者などが集まる「Studio Taisetsu」も、その一つだ。「楽しく町のことを話し合うトレーニング」を趣旨に、3ヵ月に1回ほど、ときに音楽を聞き、食卓を囲みながらまちについて語り合う。町長を「一人の町民として」居酒屋に招き、腹を割って話し合う対話の場を設けたりもしてきた。
中心にいる一人が、ファシリテーターの遠又圭佑さんである。2020年に東京から東川町へ移住した遠又さんは、デザインミュージアム構想が立ち上がった時期から、周囲の町民のあいだで町の施策に対する違和感が語られる場面が増えたと語る。

遠又圭佑さん
———以前は、住民にも目の届く範囲で新しいものができてきていたのが、だんだんプロセスが見えなくなっていって。「気づいたら新しい建物が建ったね」「東川らしくないものができちゃった」とか。自分たちがつくってきたまちの風景が、自分たちのものではなくなっていく——という話を聞くことが増えたと感じます。みんな潜在的に「目の前の社会を一緒につくりたい」と思っているんですよね。東川はそれが特に強いと感じます。だからこそ、そのエネルギーをポジティブに、どういうかたちでまちの未来につなげていけるか模索を続けています。
行政と町民との間に生まれはじめた距離感をどう埋め直していくのか。さまざまな町民の声に耳を傾けるなかで、菊地町長は、デザインミュージアム構想の位置付けを見直したという。
———デザイン一本槍で進めるのでは、町民の理解が得られないだろうと、デザインミュージアム構想を駅跡の再開発プロジェクトという位置付けに変えたのです。織田コレクションを中心とするデザインミュージアムだけではない、と。旧東川駅周辺は、町にとっても、町民にとっても歴史的価値のある場所で、中心市街地にありながら手付かずで残ってきた場所です。そこをどう大切に活かしていくのか。その議論のなかに、デザインミュージアムを位置付け直すことにしました。
駅跡再開発プロジェクトは、基本構想の議論がいままさに進んでいる。家具とは、そしてデザインとは何か。暮らしのなかでどのような役割を果たすのか。かつて「写真の町」構想で問われたのと同じように、デザインがいかに「住民にとっての文化」となりえるのかが、40年経ったいま改めて問われ始めている。
———家具だけでなく、「東川町にあるものはすごくデザイン性が高い」「景観が素晴らしい」と言われること自体も、デザインの一つだと思うんです。家具にかぎらず、ものづくりには感性と感覚が非常に大切です。
これまで東川町が取り組んできたことの延長として、人づくり、人材づくりを考えたときにも、ものづくりやデザインの感性を持った人材を育てていくことが、次の発想につながっていくと考えています。
そのためにも織田コレクションを中心とした日本初のデザインミュージアムをこの町で本気で実現する意義は大きい。そこから生まれる価値や町の課題解決のあり方を町民のみなさんとともに考えていくことが、この町のこれからの発展につながっていくと思っています。
「完成形に近づいたところで、町は立ち止まるわけにいかないと思うんです」と菊地町長はこの40年を振り返りながら語る。写真の町を軸とした文化のまちづくりは、一定の成果を挙げた。だが、まちづくりに終わりはない。デザイン文化、対話の文化……この先のまちの文化をどのように問い、定義し、広げていくのか。これからも持続可能な町として、東川が東川らしく存在し続けるために文化のまちの模索は続く。
それにしても、東川「らしさ」とは、いったいなんなのだろうか。思い描くらしさは、人によって、時代によっても異なるだろう。正解のないその問いに対して、行政も、町民も答えをつくり続けていく、その営みにこそ唯一無二である現在進行形の東川らしさが宿っているのではないだろうか。


遠又さんの住まいであり、パブリックスペースとしてもひらかれている「ひゃくとわ」。「第49回北海道建築奨励賞」(2024年度)を受賞した。田園風景のなかに溶け込み、町内外の人びとが集う場でもある


