5)終わりに 小さな文化拠点の萌芽
町の文化施設の大きな動向に話題が集まる一方で、町民の手によって一度は失われた文化的な場が再び生み出されようとしている動きも見逃せない。最後にその二つの動きを紹介し、この連載を終えたい。
一つ目は、ミニシアターの誕生だ。まちの中心部から車で5分ほど東に離れた道々沿いに、中国茶とおかゆの店「奥泉」がある。店を営む齋藤裕樹さんと奥泉富士子さん夫妻が、その敷地内に小さな映画館「LE CINEMA QUATRE(ル・シネマ キャトル)」を開いた。訪れたときは、ちょうど建設工事の真っ最中だった。
「20席ほどの小さな映画館なのに、トイレを3つもつくらないといけないんですよ……」
独特な規制に戸惑いながらも、どこか楽しそうに裕樹さんは語る。



朝7時オープンの「中国茶とおかゆ 奥泉」。平日にもかかわらず、早朝からたくさんの人がやって来る / 大雪山系の天然水で淹れる中国茶や、東川産のお米の甘みや素材の味わいをぞんぶんに楽しめる季節の中華粥が人気 / 齋藤裕樹さんと奥泉富士子さん
札幌にお店を構えていた二人は、水のよい場所を求めて2019年に東川へ移住した。飲食店を営むかたわら、町内で映画の自主上映会を何度も企画してきた。二人とも映画好きで、裕樹さんは20代のころにフランスで映画を学び、その後、東京の配給会社で働いていた経験もある。新たに立ち上げる映画館では、インディーズ映画やドキュメンタリーなどを上映していきたいという。
———自分が見たい、というのが一番です。隣の旭川にはメジャーな作品を上映する映画館が2つありますが、独立系の映画を観る機会は本当になくて。映画は人よりは見てきたし、ほかの方にもよい機会になればと、上映会も続けてきました。うちの映画館がオープンすれば、日本最北のミニシアターになるんですよ。単に映画を上映するだけでなく、地域の人が集まる拠点にもなれたらうれしいですね。
「映画は写真が連続したもの」と裕樹さんは言う。写真の町に住むことが、映画への情熱を再び高めるきっかけにもなった。「屋内で2、3時間ゆっくり過ごせる場所って、意外と少ないんです。おいしい中国茶と中華まんを手に、映画を観てほしいですね」と富士子さん。映画館は、2026年2月に開館したばかり。東川町にはかつて映画館があった。その灯りが、この冬再びまちに戻ってきた。

「LE CINEMA QUATRE」。オープンに向けてクラウドファンディングに挑戦し、全国各地の映画好きから応援が集まった
もう一つの動きは、本屋の誕生だ。店主は、編集者の畠田大詩さん。都内の制作会社で写真雑誌の編集、営業企画に携わったのち、東川町役場に出向する形で2020年に東川町へ移住した。役場で3年間広報業務などに従事したあと、フリーランスの編集者として独立。企画・編集した「写真の町」40周年記念誌では、いくつかの賞も受賞した。

畠田大詩さん。これから書店を開く倉庫の前にて
———移住して町に関わるなかで、東川町はそれぞれの時代に「問い」を持ってきた町だと感じました。それも、答えのない問いです。写真の町とは何か、文化とは何か、東川らしさとは何か。そうした問いに向き合い続ける姿勢そのものが、写真の町らしさなんだと感じています。
畠田さん自身もまた東川らしさや自分らしさと向き合うなかで、「本屋を開くこと」にたどり着いた。全国のまちの本屋を100店以上巡るなかで、「本がジャンルを超えて、人とつながるツールとなりうる」と、写真とも似たその可能性に気づかされたという。
———東川には、新刊書店がないんです。30年ほど前にあったらしいんですが、なくなってしまって。だったら本が身近な自分がやってみようかと。自分の選んだ本を中心に、日用雑貨の販売や、小さくカフェスペースとギャラリーも設ける予定です。自分たちが、このまちにあったらいいなと思えるようなお店を、少しずつつくっていきたいです。
店舗となるのは、地域の名店「居酒屋りしり」の大将・中竹英仁さんが所有する元米倉庫だ。町内出身の中竹さんは、地域の仲間や地域外のアーティストらとともに、その倉庫に隣接するスペースを使って小さな音楽や食のイベントを企画してきた。畠田さんは、一回り年上の中竹さんたちの後ろ姿に刺激を受けてきた。
中竹さんは、若い世代の移住者が、自分たちの手で町内に新しい文化を立ち上げようとする動きに心を動かされ、元倉庫を店舗の場所として提供したという。中竹さんは次のように語る。

中竹英仁さん
———デザインミュージアムの話がある一方で、お金をかけられるわけでもない小さな本屋が、まちのカルチャーにどんな影響を与えていくのか、楽しみなんです。本好きだけじゃなく、近所のおじさんやおばさんがおかずを持ち寄ってきたり、店の裏でワインを片手に談笑していたり。そんな地域に根差した場のイメージが目に浮かびます。小さくても、みんなの気持ちが集まる場所になったらかっこいいですよね。思いを形にしていく、畠田くんたちの世代はすごいと思いますよ。
本屋の名前は、「積日(つむひ)」。現在はイベント出店を行い、本格オープンは2026年の6月末を予定している。まちの中心部にある店舗予定地を畠田さんに案内してもらうと、まだ何もないがらんとした空間が広がっていた。そこに、畠田さんは未来に積み重ねていく日々を生き生きと思い描いている。


「積日」の店舗予定地の後には小さな公園もある。買った本やコーヒーをそのまま屋外でも楽しめる場所になりそうだ
こうした動きを見ていると、筆者が東川町を初めて取材で訪れた2015年前後のことを思い出す。当時、まちでは移住者による飲食店や小商店が少しずつ増えはじめていた。互いに棲み分けをしながら、個性的な店が並び、まちの風景が変わっていった時期だ。いま、その流れは飲食にとどまらず、いわゆる「文化」を扱う仕事へと広がりつつあるようだ。新しくできる映画館と本屋は、ともに「地域の文化拠点」となることを目指しているという。移住者たちが自らの個性から生み出す小さなうねり。それらが交差し、多層的に補い合いながら、また新たなうねりを町の中に生み出していく。
こうした暮らしを豊かにする取り組みが、町民のあいだからも自然と生まれてくること自体が、東川町が長年かけて醸成してきた「文化のまちづくり」の大きな成果の一つではないだろうか。
41年目以降の文化のまちは、どう“成っていく”のだろうか。

ノンフィクションライター・編集者。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。編集した本に『東川スタイル』(玉村雅敏・小島敏明/編著、産学社)。Yahoo!ニュース 特集で「ちょうどよい『適疎』の町へ― 北海道東川町、人口増の秘密」を取材・執筆。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。絵本作品に『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)。共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」主宰。
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/
1992年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2020年より滋賀在住。著書に『しゃべって、しゃべって、しゃべクラシー! 憲法・選挙・『虎に翼』』(タバブックス)。
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、言葉や本に関するワークショップや展示、イベントなどを行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本–京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。


