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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#154
2026.03

41年目の東川町 文化のまちづくりを俯瞰する

4 「東川らしさ」を探る、その先  北海道・東川町
3)新たな柱としてのデザイン文化構想

では、「写真の町」41年目以降の東川町は、どのようなまちに“成っていく”のだろうか。その行方を占う議論として、大きな注目を集めているのが「デザインミュージアム」の構想だ。

町役場や道の駅、商業施設が集まる市街地の一角に、古い赤レンガの倉庫が並ぶ空地がある。農協の米倉庫だった場所で、現在は使われていない。ここはかつて路面電車の駅があった場所でもあり、その記憶を持つ町民も少なからずいる。そうした歴史を持つ場所を、日本初のデザインミュージアムを含む地域文化・産業の拠点として再生しようという大きな計画が進んでいる。

この構想の起点にあるのが、椅子研究家・織田憲嗣さんによる世界的な家具コレクション「織田コレクション」である。松岡前町長時代の2018年から2023年にかけて公有化が進められ、現在は「せんとぴゅあ」や町外の企画展などで一部が活用されている。椅子を中心に家具や日用品など約8000点を集めた膨大で貴重なコレクションの存在が、町がプロジェクトを進めるきっかけとなった。菊地町長はコレクションを公有化した背景をこう語る。

———そもそも東川町は産業的に旭川家具を製造する木工家具の町として発展してきた歴史があります。家具製造の業界にも影響を与えるほどの価値や魅力を持つコレクションであるならば、家具産業やその文化を大切にしてきた東川町が公有化するにふさわしい、という判断でした。

町はコレクションの公有化を進める一方で、デザインスクールや国際的なデザインコンペを開始するなど家具デザイン文化の振興を強化し、2022年には「デザインミュージアム構想」を立ち上げた。織田コレクションを核に、日本初のデザインミュージアムを実現しようという大きな構想が描かれたのだ。

一見華々しい構想の背景には町の産業的な課題があるという。旭川家具の生産を支える木工家具産業は、農業と並ぶ町の基幹産業だ。だが、町内の第2次産業の従業者数は1991年の1307人から、2020年には709人に減少。その持続性が、町の将来に直結する重要課題となっているのだ。

———東川町にとって、家具産業を守ることは大きな課題です。町内には関連事業所が40あり、林業や製材関連まで含めると町内総生産額の約4割を占めている。それだけ生活に密着した産業ですから、町としてしっかり守って発展させなければならない。そのためには、販売振興や、価値や魅力のある家具が生まれる環境づくりが必要です。デザインミュージアムの構想もその一つとして考えられました。

だが、この一連の構想は、町民のあいだに波紋を広げることにもなった。

———いまは(コレクションの価値や町の実質的な負担がないことなどに)理解もだいぶ進みましたが、公有化にかかった費用が(5年で3億円と)高額だったこともあり、「なぜ東川町が公有化しなければいけないのか」「どのように活用するのか」といった、疑問や批判の声も多く寄せられたんです。デザインミュージアムの話も、「デザインミュージアムってそもそも要るの?」「町民みんなで考えなきゃダメじゃない?」「役場が勝手に進めちゃダメだよ」といった声が私の耳にも届いていました。

こうした批判が寄せられるようになった背景には、まちの状況そのものの変化もある。

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取材時、赤れんが倉庫では写真の町の屋外展示も行われていた。空き地の一角には「旧東川駅跡」と刻まれた石碑がひっそりと立っている。本連載の冒頭で、東川町には「鉄道がない」と書いたが、1972年までは旭川との間を路面電車が走っていた