アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#130
2024.03

山と芸術 未来にわたす「ものがたり」

2 坂本大三郎さんの、経済のまわしかた 山形県西川町
1)山で採って、加工して、製品に
「十三時」と「KUZURI」

坂本さんの店「十三時は工房を併設したカフェ&ショップである。店内には、大小のこけしに動物の剥製、蜂や野草の焼酎漬け、使い込まれた箕や世界各地の仮面などがあちらこちらに置かれている。それらは新旧入り混じり国も地域もバラバラだが、基本的には、坂本さんが世界各地を訪ね歩いて集めたものか、そうしたフィールドワークで見知った土地の要素からヒントを得て、坂本さんの技術を生かして製品化したものがほとんどだ。それらが合わさった空間が、店の色濃い個性になっている。

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坂本さんは山形県に移住して間もなく、山伏の修行や地元の人から得た知識や技術を生かして、製品を作るようになった。地元の山で採れるものを加工した食品や精油などの身体に取り込むものから、山の文化を伝えるトランプやユーモアのある布製品まで、さまざまな製品を作り、十三時で販売している。

———いろんな過酷な状況を想定して、そこからどうやったら生き延びることができるのかを、子どもの頃からよく空想していて。それが、山菜を採ったり、身のまわりにある山のものをどうやって生かしていくかっていう自然の中で生きていくことに対する関心につながってきたんだと思います。身のまわりにこんなに豊かな自然やそれを背景とした文化があるのだから、それらを生かして、どうやったら収入に変えたりできるのかなっていう実験をしたい。現代社会では人が都市部に吸収されてしまって、山間部は生産性の低いエリアとされていて。そんな流れに逆行する試みになるんですが、もしそこで土地の文化を活かした生産性を高めることができれば、山で生きることの可能性を広げることができるかな、ということも考えてたり。よく近代以降の経済のありかたが人間の身体性に変質をもたらしたというようなことも語られますが、それって本当なのかなという疑問もあり、自分がかかわることができる最も素朴な現場に身を投じることで、そこにある問題の所在を確かめることができるんじゃないかという感触もありました。

食品や精油などは、地元の月山から材料を採って作るものばかりだ。ふきのとう味噌は、この地域の各家庭でも昔から手作りされてきた、山形では大変ポピュラーなもの。そうした山菜の採り方や調理方法を地元の人に教わり、試作を重ねて製品化した。山ぶどうコーディアル(濃縮ジュース)もまた、かつては薬代わりの健康飲料として各家庭に受け継がれてきた。
イタヤカエデの樹液100%のメープルシロップやクロモジの精油は、これらの植物が東北や月山山麓で古くから人びとに親しまれてきたことに注目して、製品化した。そしてこれらの月山の恵みと山暮らしの知恵を生かした製品を製造する会社を設立し、坂本さんは社名を「KUZURI」と名づけている。

KUZURIの製品はどれも、山から材料を採ってきて製品化するのに、かなりの苦労が伴う。
牧歌的なイメージがある山菜採りは、実際は命がけの仕事でもある。山菜は集落近くの森の中にも生えているが、より質の良いものが生えているのは、山奥の道なき道を分け入った場所。多くの場合そこは危険な崖などで、急な斜面を下りながら、かがんで山菜を採り、帰路は山菜が詰まった数十キロの籠を背負って斜面を上る。山菜採りや加工は数を作って販売しようとすれば、相当な手間と時間がかかる。

山から切り出してきた大量のクロモジから抽出できるオイルはほんの少し。イタヤカエデのメープルシロップについては、冬のたった3週間だけ出るわずかな樹液を集める。その上、何時間も煮詰めて冷まし、余計な成分をていねいに取り除くことでようやく完成する。

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手間ひまかけたメイプルシロップと黒文字の芳香蒸留水

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クロモジの粉砕。とても良い香りに包まれる。「粉砕したチップをカラーボックスに向けて入れてるんですね。ここに至るまでは、いくつもの失敗を経て辿り着いて。段ボールだと刺さっちゃう」段ボール1箱分を何回かに分けて粉砕する。1箱から採れるオイルは20mlにも満たない。製品としては4瓶ほどだ。