アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#99
2021.08

未来をまなざすデザイン

4 学びを響き合わせて、新しいうねりへ
4)人と自然が共生する社会のために 本当に必要なものを
デザイナー・川浪寛朗さん4

2020年、川浪さんは日本デザインセンターを退職し、フリーランスとなった。川浪さんの興味あるジャンルと目指す仕事のありかたがはっきりとしてきたことが大きかった。

———子どもが生まれてからキャンプによく行くようになったのですが、そこで多くの気づきがありました。自然のなかに行く時は、そもそもたくさんのものは持っていけないんですよね。かといって苦行ではないので、できるだけ豊かな時間を過ごしたい。
水を汲んできて、火をおこし食事をつくり、暖を取り、眠たくなったら小さな薄いテントのなかで寝て、と。日常から切り離された環境で、生活するのに必要なことをただただやるだけなんですけど、ものは限られるので、暮らしに本当に必要な道具が何なのか、豊かさを与えてくれるものは何なのかが見えてくる。自然との行き来を繰り返し、日常を相対化することでかなりクリアに分かるようになります。それがプロダクトデザインの観点からしてとても面白いと思っていて。
たとえば、外で過ごすと調理はちょっとしたバーナーと小さなテーブルがあればおいしいものができてしまうし、寝床も体ひとつ分のマットレスで十分。一方で、家に帰るとその何十倍も大きなシステムキッチンと呼ばれるものがあり、寝室には部屋を埋める大きなスプリングのベッドがある。これは一体何なんだろうと。日々の生活のなかでも、ものを減らしていきつつも、より豊かに暮らせるのではないかと、そういう考え方に自ずとなりました。

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最小限のもので豊かに過ごすキャンプ(写真提供:川浪寛朗)

そのもとを辿っていくと、カスティリオーニのスタジオや、東アジアの国々を放浪した時に感じたこともつながってくる。「こんなにものがあるなかで何をつくるべきなのか(つくらないのか)」を、川浪さんは自身に問い続けてきた。

———もう少し俯瞰してみると、アウトドアや自然が素晴らしいというだけではなくて、その対にある都市や人工環境との相互作用に一番興味があるんです。自然のなかでの気づきをいかに日常生活のなかにフィードバックできるか。またその反対で都市や人工環境は自然に対して何ができるのだろうか、と。そんな考えをもとにSIMONEのムラカミカイエさん、バイヤーの乙幡浩史さんと3人で、2020年「wanderout」というプロジェクトを立ち上げました。
少し大それた言葉ですが「人と自然が共生する社会のための羅針盤となる」ことをビジョンとして掲げています。私たち自身がそうだったのですが、自然のなかに身を置いていると、これからの社会に対して何らかのポジティブな意識の変化が起こります。これまでアウトドアと縁がなかった人をふくめ、より広くより多くの人に、そのための機会をつくりたいと。また私たちの活動に触れてもらうことで、より良い社会への方向性を示せるような役割になれたらと。
プロダクトについては、良いものがあれば新しくつくらずに、キュレーションして販売しますし、なければデザインすることもあります。またメディアとして、素晴らしい活動をされている企業に取材して文章を書いて写真を撮り、記事にします。そして私たちの知見を生かして、企業に対してコンサルティングを行っています。その4つの事業軸で活動を始めました。

プロダクトからグラフィックやコミュニケーションデザインを経た、川浪さんの現在地である。ものをつくること / つくらないことと、良いものを流通させて、伝えていくこと。
川浪さんなりの、これからのデザインのありかたには城谷さんも共感していた。

———2年くらい前に会った時に、実はこんなことをやっていると話したんです。それに対して、城谷さんも同じようなことを考えて、やろうとしている、と。デザインしたものを伝えて売る、最後までちゃんとやることがデザイナーとして大事だ、ということを言っていました。

STUDIO SHIROTANIを「卒業」して数年後、デザイナーとしてのありかたをふたりで共有する。城谷さんにとって、それはとても喜ばしいことだったに違いない。

———日本デザインセンターに入るとき、プロダクトから空間からグラフィックから何でもできるアートディレクターになりたい、と話をしました。ジャンルを細分化してそこの専門家になるよりも、いつも俯瞰的にものごとを見て、必要なことを必要な人とやっていくようになりたい、と。ずっとそう思ってきました。今は自分でできることもそれなりに身についてきたので、それをいろいろ組み合わせながらやっていっている感じです。
また、デザイナー業は受注仕事でもあるのですが、人から頼まれたことに対してサポートするだけでなくて、何をやるかという段階から自ら仕事をつくっていくこともやってみたかった。初めから事業を立ち上げて、そこで必要なデザインを自分たちでやっていくことで、新しい働き方ができるんじゃないかと。そこを開拓したい、ということもあるんです。
ある意味では、城谷さんが言っていた「やるべきでないこと」を避けているのかもしれないです。必要じゃないものをただ売るためにつくったり、無理やりこじつけてプロモーションするとかではなくて、良いことにデザインの力を使っていきたい、と。そうできる環境を自分でつくっていこうとしている側面はあります。その意味では、城谷さんの姿勢みたいなものを、今の僕なりに実践しているのかもしれません。

やるべきでないことはやらず、デザインを「良いこと」のために使う。川浪さんは気負わずに、しかし着実にそのことをやっていくのだろう。大きく振り子を揺らしながら、城谷さんから学んだ本質的なことをもとに、川浪さんは自分なりの軸を定めていったようにも見える。

———城谷さんの最も大切な仕事は、関わったいろいろな人のなかに、「種」を蒔いていったことなのではないか、と思います。それが社会に対する態度や姿勢、というかたちで、知らないうちに僕や人々のなかで発芽しているのではないかと。
城谷さんの社会との向き合い方みたいなものは全然ぶれてなかったので、みんな、まぶたの裏にその姿勢が焼き付いているんだと思うんですよね。やるべきじゃないことはやらず、やるべきことをやるように。目には見えにくいですが、とても大切なプロジェクトだったのではないかと。

具体的なことをあまり言わなかった城谷さんの教えに「即効性」はさほどなかったかもしれない。しかし、教えを受けたほうが仕事や活動を続けるなかで、そのやりかたやありかたに何らか影響を及ぼしていく。時間をかけて学んだものは、かんたんには揺るがない強さをもちうる。

———あるいはコンピューターのプログラムともいえるかもしれません。インストールされて、一度書き換えられてしまうとその人の根幹の活動を変えてしまうような。城谷さんにふれた人には、それが自動的に、いつの間にか入り込んでいる。
マーリさんは「デザインすることはインフルエンザだ」と言っていたと聞きました。「インフルエンスを与えることだ。それはいろんな人に伝播していって、いつの間にか変えていくような力なんだ」って。
マーリさんの場合は具体的な作品やプロダクトを通じて、インフルエンスしようとしていたかもしれないですが、城谷さんは社会への態度や生き方そのものなのではないかと。城谷さんに会ってしまった人には、共通してそのプログラムがインストールされていて、いろいろなかたちで芽を出しているのだと思います。

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キャンプに行くようになり、道具を厳選していく過程で、台湾の「hxo design」と出会った。モジュール式で機能的なアイテムと、家のなかでも遜色なく使えるデザインを気に入り、輸入販売というかたちで日本に紹介することに。このテーブルがきっかけで出会った友人たちとwanderoutをスタートさせた(写真提供:川浪寛朗)