アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#99
2021.08

未来をまなざすデザイン

4 学びを響き合わせて、新しいうねりへ
8)自律できる人間を育てる学校 社会を少しでも良くする
批評家、アーティスト 多木陽介さん4

マーリは著書『プロジェクトとパッション』において、「想定されるすべてのプロジェクトのなかでもっとも大切なのは言うまでもなく、若者の形成、新たな作り手の養成、というプロジェクトである」(原文ママ)と言っている。
城谷さんはそれを真摯に行なっていたといえるが、もともと「人が好き」で、特に若い世代に何かを教え伝えることにとても熱心だった。
多木さんもかかわった小浜の「北刈水エコヴィレッジ構想」もそのひとつである。

———あの構想のもとには、小浜の温泉熱を使ったバイナリー発電の実験があるんです。長崎大学の環境学科と京都大学で進めていたんですが、耕生にデザインで手伝ってもらえないかと声がかかった。その頃日本にいた僕もかかわることになって、ワークショップというかたちで学生と一緒になにか成果をあげましょう、となったんですね。
で、温泉街を出て、山側の刈水に入ったら、とても面白いところだったんですね。そこにエコヴィレジみたいなものを実現したら、まちの人たちに対して、エコロジーに対する意識を向けてもらう場所をつくることにもなる。それは間接的にバイナリー発電のエンジンにもなる、と考えたんです。
住人のいるところによそ者が入っていくのはデリケートなことですから、まずは自己紹介も兼ねて、学生たちにインタビューしに行ってもらったんです。そうしたら、地元の人たちがすごく喜んでくれて。若い子たちが来て話を聞いてくれるって、嬉しかったみたいです。

学生たちは地区を歩き、住人に話を聞くという目新しい経験をしつつ、城谷さんや多木さんの思考や哲学を学ぶ。地元の人たちの生活にも楽しみがもたらされ、ともに何かを始める土壌が生まれる。
土地を歩いて風土を知りながら、住民とコミュニケーションを重ね、その土地の再生をゆっくりと進めていく。あるものやひとを生かしながら、誰かが無理したり、犠牲を払うことなく、未来を志向して。北刈水エコヴィレッジ構想はそういうプロジェクトであった。

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北刈水エコヴィレッジ構想のワークショップにて。(上)学生たちと刈水地区をまわる。後ろ姿が城谷さん(下)刈水庵をひらく前の建物のようす / 構想自体は未完だが、さまざまなかたちで若い世代がこの地区を変えていっている。人や店も増えて、刈水の好循環は今も続いている(写真提供:多木陽介)

そして、若い世代とプロジェクトやワークショップなどでかかわるなかで、城谷さんは学校をつくりたいと思っていた。

———青写真を考えるのを手伝っていたんですけど、『AXIS』で僕が連載していた「優しき生の耕人たち」で取り上げたような人たちを育てる学校がいいんじゃない?  と。自然環境、精神環境のためのエコロジーをやっている方たちですが、食にしても農業にしても、まわりにすごい先生がいっぱいいるじゃないですか。そういう人たちにも参加してもらって、社会の勉強をする、ものづくりのことも学ぶ。そういう学校をつくったら、と。
そのときのモットーが「美しく公正で自律した生活をつくる人」。自分で立つんじゃなくて、律するのほうの「自律」。ただ独立しているだけでなく、自分で何か生み出していけるような能力を持つ人という意味です。そういう人間を育てたい、と。

多木さんは学校の試案をつくって、城谷さんに渡していた。題して「優しき生の耕人学校」。冒頭に、目的としてこう記してある。
これからの世界において、単なる受け身の消費者であることを脱し、3つのエコロジー(自然環境、社会環境、精神環境におけるエコロジー)を実践し、新たなパラダイムを担う優しき生の耕人として生きるための基本を身につける。その基本にそって、人間が「美しく公正で自律した生活」を送れるような、より総合的な能力を身につける場所を提供する。

城谷さん自身も、2016年にインタビューしたさいに、学校の構想についてこう述べていた。「人間の生きる知恵と技術をひととおり身につけられる場所。野菜もつくるし調理もするし、小さな小屋のような家も建てて、染物も焼きものもやって、座学があって。一番の理想は、そういう学校を拠点にすること。自分たちが今までやってきたことを活かして「スモール・スクール」をつくるのが夢ですね。サティシュ・クマールがやっているみたいに。簡単ではないですが、将来的には世界中からいろんな人を呼んで講義をしてもらえたらいい。多木さんにも来てもらって、講師をやってもらいたいと思っているんですよね」。

サティシュ・クマールはイギリスの思想家である。ヒューマン・スケール(人間の身の丈)に合った教育運動を展開し、1982年、全人的な教育を行う中高生40人ほどの小さな学校「スモール・スクール」をイギリス南西部に創設した。
多木さんの学校試案も根本は同一ではないだろうか。資本主義にのまれず、自らの価値観をもって、衣食住の生活を「自律」して営めるようになること。現代社会ではオルタナティブな教育となるだろうが、それは教育本来のありかたでもある。城谷さんにとって学校をつくることは、進む方向を照らしてくれた多木さんをはじめ、信頼する人々とつくりあげていく集大成のようなプロジェクトであったに違いない。
しかし、城谷さんが思い描いたことは、これまでかかわってきた人々によって、それぞれのやりかたですでに始まっているようにも思える。今回取り上げた川浪さんをはじめ、小浜の元スタッフや隣人たち。そして職人やものづくりする人たち。そのタイミングが合えば、それぞれの動きはひとつの大きなうねりにもなりうる。各人が自分の思考や技術をブラッシュアップしながら、時に持ち寄り、準備が進んだり、進まなかったりする。
そんなふうにして、遠くない未来に新しい学びを提供する場が立ち上がったら、そこから社会は少しでも変わっていくかもしれない。城谷さんがつねにそう考え、願っていたように。

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文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
写真(2章、8章):衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。