(2016.04.10公開)
このところ雑事にかまけて研究が停滞しており慙愧に堪えないのだが、そうした体たらくとは不釣り合いにいろいろ実りの多い春である。
2月には長く関わっているホーメイ等の倍音実験音楽のバンドである「瓜生山オーバートーン・アンサンブル」の作品集「DROPS」が出た。これまでの膨大な録音からテクノミュージシャンの脇坂明史さんの選曲・プロデュースを得て、ご自身のレーベルからリリースしていただいたものである(こちらから試聴できます)。
3月にはこれもまた長く関わってきた桂川の流域活動、特に天若湖アートプロジェクトの関係で一部執筆を分担した「京の筏〜コモンズとしての保津川」(ナカニシヤ出版)が出版された。これは5月に予定されているスクーリング「流域文化研究:桂川流域誌」でも活用する予定である。
そして4月には、これもまた大昔に書き散らかした詩をとりまとめて製作した詩集「光台」をリリースした。今回はこの経緯について少し触れておきたい。
詩という文芸ジャンルは、いまやほとんど顧みられることがない。小説はマンガなどとならんで物語の供給源として一定の産業としての性格を持っている。しかし詩というのは長尺ものの映画などにはなりようがないし、それ自体数が売れるものでもない。普通の書店にはもう詩歌のコーナーはないことが多い。大型書店でも思潮社等有名詩書出版社のものは置いてあってもコーナー自体縮小されており、出版物としては風前の灯火である。
とはいうものの、詩のトレーニングというのは芸術の教養としてとても重要だと思う。芸術教養学科でも詩の授業やればいいのにと思う。というのは、詩というのは文芸でありながら、ビジュアル・アートのもつ無時間的な性質(物語的な時間を含まないでいることができる)と、音楽や演劇といった上演芸術に通じる劇的な時間性(時間的な進行を含むこともできる)とを併せ持つし、またその喩の操作についてはビジュアル・アートにおけるマテリアルやコンセプトの操作と共通するところもあって、いろいろ取り組むとその後役にたついろんな発見があるのである。模造紙広げてワークショップやるのもいいが、一方で詩に取り組むのも創造のプロセスを知る上でかなりいい経験になると思う。
で、そうしてできあがった詩作品であるが、それらを一定の流れをデザインしてまとめれば詩集というものになる。これを作りたい、出したい、というとき、昔は詩書の出版社にお願いするしかなかった。有名なところでは思潮社、書肆山田、土曜美術出版、ミッドナイトプレス云々といったところであろうか。こうした出版社で本を出すことには、いろいろな利点がある。もっとも大きなものは、「本」という物体を多数作ってくれることである。印刷製本ということである。もう一つは優れた編集者のアドバイスを受けることができることである。もう一つは書店等への配本という商業的な仕事である。ありがたいことである。
しかし、詩というのは先に挙げたようにマーケットが極めて小さい。だいたい無名の新人が出して売れるというものもないのだが、著名な詩人であってもそれで食べている人は谷川俊太郎氏くらいしかいないといわれる分野なのである。敬愛する辻征夫氏の生業は公営住宅の管理業務だった。そういう世界だから、本はもともと売れないことが前提であり、出版した詩集は相当分が詩人自身の買取になるという。配本や宣伝の手間はプロでなくてはできない仕事だが、書店経由ではもとよりそう売れるものではない。出版社も食べていかなくてはならないから大変である。
以前は出版社と詩集を作ると、300部だか500部だか100万だかのお金がかかると聞いたことがある。思潮社などはブランドであるから、そこから本を出すというのは意味があるといえばあるであろう。しかしどうせそんなに売れないのである。詩集の流通は基本的に詩人間の献本なのであるから。著者が100万だかのお金を出すというのは、以前問題になったことがある素人相手の協力出版システムと似ていると言えなくもない気がする。まあ、それだけのお金を作品としての制作費として納得できればいいのだとは思うが。
今回詩集を出すにあたって考えたのは次のことであった。①書店ベースでの流通はあきらめる。値段はつけるが独自ルートでしか売らない。②編集やレイアウトも一貫して自力で行う。③書籍としての位置付けは得る。④どうせ多くは売らないので醜いバーコード(書籍JANコード)はつけない。要は自分が出版社を興すということである。
③については、出版元としてISBNコードを取得することとした。これでその拡張版としての日本図書コードを本につけることができ、日本図書総目録にも登録することができるようになるし、国立国会図書館にも置くことができるようになるのである。
というわけで、装画(友人の日本画家にお願いした)以外の一切の作業を手元で行い、ISBNコード付きの美麗な本を作ることができた。コードの取得費用や画家への謝礼を除く印刷製本費としては、50冊注文して3万円かかっていない。一冊のコストが500円弱でできているので、先の出版社とのやりとり例にならって500部(どうせ大量在庫である)刷っても25万円といったところ。
というようなことを今回やってみたわけである。言って見れば、マイナーレーベルを興し、インディーで発表したということである。今日はインターネット上にいろいろな場があるので、そうしたところで紹介・販売を行っていくことになるだろう。この詩集が評価を得ることはないであろうが、このような制作・発表プロセスを自分でコントロールするのはなかなか面白いものである。最初に挙げた脇坂さんの「easy + nice」レーベルも、きわめて個人的なスケールながら質の高い音楽を提供している小レーベルである。そうしたスケールでの表現チャンネルをつくり、運営するのも、芸術教養の道であると思う。
というわけで、いろいろやってきたものを出し尽くしてしまったので、これからはまた仕込みの季節である。