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アネモメトリ -風の手帖-

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包丁
― 村松美賀子

(2012.12.01公開)

包丁といえば、京都の刃物店「有次」である。
別に回し者でもなんでもないけれど、「有次」に一歩足を踏み入れると、いつも圧倒されるのだ。店内の壁一面に、さまざまな包丁がずらりと並ぶ。ああ、壮観。ものすごく細長かったり、三角に近かったりと、かたちのヴァリエーションがあるうえに、用途によって細かく分かれている。なかでも特定の魚専用がことさら多い。フグの薄造り用のフグ引、蛸を引く蛸引、アジをさばくアジ切‥‥‥。その他、栗むき、巻き寿司用の寿司切など、この素材、この料理だけというものも揃っていて、素材や長さ違いも含めるとざっと50種類、400アイテムにも及ぶという。
もちろん、その長さやかたちには必然がある。例えばフグ引の場合、「引く」という言葉通り、引きながら切るから刃はある程度の長さが必要である。引くのは刺身も同じだから、刺身用の柳刃とは似たような細長いかたちなのだが、フグ引は柳刃よりもさらに刃幅が狭く、薄くて軽い。それはフグを薄く引くのに最適な薄さであり、幅なのだ。単に切れたらいいというのではなく、切り方に心を配って、見た目に美しく、さらに素材の旨みまで引き出そうとする。専用包丁のほとんどは料理人が使うものだが、細やかな品揃えを見るにつけ、日本の食文化がどれほど多様で豊かであるかをあらためて思う。

日本、ことに和食の世界では包丁は「引く」が、西洋の場合は押して切るそうだ。それもあるのか、ヨーロッパ人のナイフの扱いには驚かされた記憶がある。そもそも、日本ならどこの家庭にもある「万能包丁」にあたるものは、わたしの知る限りなかったし、ものを「切る」感覚が日本人とはだいぶ違う。
友人のフランス人の女の子は、ぺらぺらしたペティナイフで、野菜を空中切りしていった。キュウリなどをしゃっしゃと、切るというより削(そ)いで、そのままボウルに落とすのだ。なるほど、こういう手があるのか、と感心した。ちょっとしたカットなら、これでも確かに問題ない。また、ロンドンの友人たちは、たいてい切れないナイフを使っていた。切れないから、食材をのこぎりのように引いたりもする。当然、断面はぎざぎざになってしまうが、断面のきれいさがものを言うような料理ではなかったから、こちらも問題ない。切り方が美味しさにつながる、という発想は特に日本で顕著なのかもしれない。事実、これだけ包丁の種類豊富な国は他にないらしい。

とある生活道具の展示会で、新潟・三条の「包丁工房タダフサ」のブースを見つけた。パン切りの実演をしている。実家でもらったパン切りナイフの使い勝手がよくなくて、探しているところだったので寄ってみた。ナイフはパン切り用の波形ではなく、先だけ波型のまっすぐな刃である。「これまでにない、スパッとした切れ味」というセールストークに惹かれ、試してみた。やわらかい食パンに刃を入れると、そのまますっと切れる。爽快な感触で、パンの断面もきれいで滑らかだった。切ってもパン屑が出ない、という謳い文句だったが、たしかに屑ひとつ出ない。これはすごい、とわくわくした。
あらためて眺めると、包丁にはブランドのロゴマークが刻印されて、木の柄も素朴で手になじみやすい。柄は「抗菌炭化木」といって、栗の木を半炭化させているから菌も繁殖しづらいそうだ。用の美を満たしながら、ものとしての味がある。今の時代にも添っていて感じがいいが、決めてはなんといっても「切れ味」である。生活道具はすべて、使い勝手のよさが大きなポイントだけれど、こと包丁に関しては、それがほとんどすべてなのではないだろうか。

ふだん家では、義母にもらった「堺刀司」のステンレス包丁を使っている。長年使って、冷凍食品を無理に切ったりするうちに、刃こぼれもできてきた。ステンレスは錆びにくく手入れが楽だが、鋼のように切れ味が持たない。また、固すぎて自分で研ぐのも難しい。せっかく贈ってくれたものだから、修理に出して使い続けるいっぽうで、少々手はかかっても、自分でメンテナンスできる鋼の包丁も手に入れたい。ただし、刀身はステンレスで刃先だけが鋼という、それぞれのよさを併せ持つものをと考えている。万能包丁に材質の改良を加えた「有次」の「平常一品」。長く愛される定番の持ち味はそのままに、使い勝手のよさを追い求めている。守るものを守り、新しさも取り入れたこの包丁、本当にとても美しいと思う。

取材, 文:村松 美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)、『京都の市で遊ぶ』(平凡社)など、共著に『住み直す』(文藝春秋)、『京都を包む紙』(アノニマスタジオ)など多数。