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#153

18禁の美術―「春画展」を鑑賞して
― 加藤志織

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(2016.03.06公開)

昨年の秋から冬にかけて、東京の永青文庫で春画を集めた特別展示が実施されて美術関係者の間で話題になった。現在その企画展が京都の細見美術館で公開されている。春画とは、男女間で生じる愛の秘め事を題材としたもので、枕絵(マクラエ)とも呼ばれる。「愛の秘め事」と表現するとなにやら高尚なイメージであるが、直截的に言えば、性の営みに興じる男女の姿を、局部の克明な描写も含めて表したものである。すなわち今日のポルノだ。
ただ、春画は、単に観賞者を性的に刺激し、その欲求を満たすことだけを目的として制作された訳ではなく、しばしば子孫繁栄の祈願や婚姻前の女子に対する性教育の役目もあったと言われている。こうした春画の使用目的については、この度の展覧会カタログにわかりやすくまとめられているので、関心のある方はぜひそちらをご覧頂きたい。とは言え、日本美術史家のタイモン・スクリーチ氏が述べているように、多くの場合、「春画」とは「片手で読む」絵、つまり自慰行為のためのものであったことは間違いあるまい。
ちなみに春画は、その形式的な特徴によって二種類に大別される。ひとつは肉筆画でもうひとつは浮世絵等の印刷ものである。前者の場合、当然、一点ものであるために高価な顔料を使用した豪奢な雰囲気の作品も多い。そうした作品は、性愛を扱った内容であるために、人目にふれる状態に留め置かれることがなく、その分保存状態は現在でも良好な傾向にある。逆に浮世絵は大量生産された安価な印刷物で入手が容易な反面、取り扱いが粗雑となり、その結果として美しい状態で今日まで伝えられることが少ない。
さて、実際に春画を見た感想である。現在では書籍化もされており、以前に比べると簡単にアクセスできるようになった春画ではあるが、これ程まとまった数を一度に実見した経験がなく、これまで漠然と抱いていたこの種の日本絵画に対するイメージを改めることになった。同展は、東京はもちろん京都でも盛況で、展示作品をじっくりと見ることは難しい状況であるが、実物を目にする機会が極めて限られていることを考えるならば、この好機を逃す事のないよう皆さんにお奨めしたい。
わたしは春画というとまず巨大な男性器を思い出す。確かにそうした傾向は見られるが、実際にはより実物の身体各部位の比例関係に近い大きさで描かれたものも肉筆画を中心に存在した。ただ、浮世絵については、男性器はもちろん、それを受け入れる女性器についても大きく誇張されたものが目立った。その理由は不明であるが、単純に考えれば、一番の見所である局部をよく見えるようにクローズアップしたということなのかもしれない。
興味深いことに、身体や衣服あるいは建築物等に比べて、性器の描写は格段に写実的である。一般的に日本絵画はルネサンス期以降のヨーロッパ絵画に比較して様式的かつ平面的であるが、春画の陰部は実物にそくして色や形状が表現されていた。そうした写実的で実物よりも大きく描かれた性器が、平面的な身体と組み合わされる。男女和合の場面には、複数の人物が絡み合った状況を演出する必要が多々生じるが、ヨーロッパ絵画のように体躯や四肢を立体的に構成することを日本画は得意としない。その結果、男女の身体がどのように組み合わさっているのか、一瞥しただけでは判別できないようなものもあった。
こうした身体の表現の他にも、さまざまな趣向のもとで考えられたエロティックな場面、その舞台設定の多様さが面白い。大蛸が女性に絡んでいる状況を描いた図が含まれている、葛飾北斎の『喜能会之故真通』(文化11/1814)も出展されている。また、春画からは、当時の性文化や風俗を知ることも可能である。
性そのものを主題にした芸術は、世界各地に存在するが、その歴史の長さと作品の多様さにおいて日本は特筆すべき存在である。その理由は、性に対する日本人のおおらかさに求められるようだ。しかし、それは過去の事である。以前においても、公衆の面前に春画が陳列されることはなかったが、大学の授業等では紹介されることがあり、当然日本においても多くの専門家がその重要性については早い時期から正しく認識していた。しかし、春画の評価と研究においては、本家である日本よりも欧米が先行しているという感が否めない。もちろん公開に際しては、一定の配慮をするべきある。しかし、作品の収集や研究に関する制限は必要ない。今後、日本において、さらに春画の研究と理解が深まるよう期待したい。
今回の企画展、当然、注目は性的な表現に集まるが、これまで述べてきたように、見所はそれ以外にもある。この機会に、ぜひ実物を鑑賞していただきたい。春画展は細見美術館で2016年4月10日(日)まで。

画像:細見美術館 2016年2月撮影