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#107

日本の近現代建築を見てみよう!
― 加藤志織

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(2015.04.05公開)

先週に引きつづき、今週の「空を描く」も京都を代表する近代建築から話を始めよう。現在、「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015」の会場となっている京都市美術館(前身は大礼記念京都美術館、1933年)の本館は前田健二郎(1892-1975)の設計で、鉄筋コンクリート製の西洋風箱形建築に和風の銅葺き屋根を取り付けた不思議な姿が特徴である。こうしたスタイルを帝冠様式という。この建築様式は1930年代に、伊東忠太(1967-1954)や武田五一(1872-1938)そして佐野利器(1880-1956)といった当時の日本を代表する建築家によって唱導された。
「日本趣味を基調とする」という条件で公募された京都市美術館本館設計案の審査員には伊東忠太や武田五一が含まれていた。ちなみに伊東は近代化を是とする風潮のなかで西洋建築を学ぶが、後には日本の建物に関心を示し、それを再検討した人物として知られる。京都市美術館の少し北に位置する平安神宮の社殿(1895年)の設計には伊東が携わっている。話は少し脇に逸れるが、伊東は東京都中央区にある古代インド様式の築地本願寺本堂の設計も手がけた。
とは言え、なにも帝冠様式は古都である京都にだけ存在しているわけではなく、日本各地に点在しているので実際に目にしたことのある方も多いだろう。関東では神奈川県庁舎や九段会館が代表的な作例として知られている。中部地方で育った私にとっては平林金吾が設計した名古屋市庁舎(1933年)と西村好時と渡辺仁が基本設計した愛知県庁舎(1938年)がなんといっても帝冠様式の身近な建築例であった。
共に現在は国の重要文化財に認定されている貴重な建物ではあるが、子ども時代の私にとって、それらは落ち着いた雰囲気をまといつつもビルの上にお城の天守閣が載せられたマンガ的な建築物にしか見えなかった。帝冠様式という建築用語を知ったのは大学で建築史の授業を履修した時である。当時、和と洋の奇妙な折衷が、なんだか安易な妥協案のようにも、あるいは日本の近代化が孕んだ問題や困難の表れにも思われたことを記憶している。
建築に興味をもち始めた私には、ぎこちない帝冠様式よりも、むしろモダニズム建築に日本的な建築要素をより洗練された形で融合させた丹下健三(1913-2005)の建築、とくに香川県庁舎(1958年)が魅力的に映った。伊東と丹下との間には36歳の差があり、しかも主な活動時期が太平洋戦争の前後に分かれることを考えると、二人の作品様式の違いには相当な開きがあってしかるべきである。才能の差というよりも生きた時代の違いが表れ出た結果と言えよう。
帝冠様式を不思議な和洋折衷であると述べたが、建築において奇妙あるいは突飛な意匠が試みられることはそれほど珍しくはない。たとえば折衷や異なる建築様式から意匠を引用するポストモダン建築がそうである。これは、機能性や合理性を重視し、直線を多用した箱形の近代(モダニズム)建築を批判して登場した潮流である。もともとポスト(post)とはラテン語で「〜の後で」を意味する語で、ポストモダンとはモダニズム建築の後の建築様式を意味する。
この名称から考えると、モダニズム建築以後の建物はすべてポストモダンとなるが、この言葉は建築史的にはすでに終わった一運動を指す。ポストモダン建築は1980年代を中心に世界的な広がりをみせた。建築の装飾や様式には、それぞれに歴史性や地域性があるが、ポストモダンの建築は、そうした歴史性や地域性をあえて個々の建築モティーフから切り離し、自由に引用して再構成することを特徴としている。
たとえば日本におけるポストモダン建築の代表例とされる、磯崎新(1931-)が設計したつくばセンタービル(1983年竣工)には、マニエリスム期に活躍したイタリア人建築家ジュリオ・ロマーノ(1499頃-1546)の作品を想起させる意匠が見られる。また丹下健三が設計し1990年に竣工した現在の東京都庁も、パリにあるノートルダム大聖堂を彷彿させる外観のために、ポストモダン建築に分類される。とは言え、それはノートルダム大聖堂とあまりにも似た外観ゆえにプレモダン(モダニズム以前)にも見える。
ポストモダン建築はバブル期の日本で多数建てられた。すでに解体されたものも少なくないが、まだ街中を探すと奇抜な外観の建物を見つけることができる。建築の見学というと古い寺社や城郭が中心になりがちではあるが、市中にある近現代の建物にも見るべき作品は多い。とくに昭和の建物は耐用年数をむかえ現在次々に壊されている。そうした建築物がこの世から消え去る前に、街に出かけて観察してみてはいかがだろうか。

*写真:京都市美術館本館正面