アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#116

小屋の急須
― 福田まや

(2022.09.05公開)

耶馬溪という、大分県の北部の山の中に暮らして10年が経つ。デザインの仕事をしながら、自然のうつろいに身を任せて暮らすのは、なんともいいがたい喜びがある。

最近、打ち合わせにお越しいただくときは、家から100m下ったところにある広場に来てもらうことが多い。そこは、森に囲まれた1200㎡の元ゲートボール場(梅畑と湧水付き)。草だらけで10年近く放棄されていたのを、隣の(隣と言っても300m離れている)おじいちゃんから分けていただいた土地だ。

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その土地に建つ、崩れそうだった元休憩所だった小屋は前方が大きく開いていて、柱の太さもまちまちで粗野な作りだが、案外広く、壊してしまうのはもったいない。今年の春に外壁のトタンを外し、焼杉を貼って、床を近所の信頼する左官屋の井上さんに塗ってもらった。ござがあるけんね、と、こりゃええ仕上がりになるわ、と、大分弁なのに、なんだか江戸っ子気質の井上さんが、塗った後にござを置いて叩いて跡をつける仕上げにしてくれたその床は、ザラザラとした藁の跡が付いていて、陰影がうつくしい。

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テーブルは、同じ移住仲間の陶芸作家の末安くんが、広場の縄文式階段(これもカッコよくて一見あれ)と一緒に、丸太を足にして、杉の足場板で作ってくれた。

小屋の内側には、集落のおじいちゃん、おばあちゃんたちが休憩してきた作り付けの椅子がぐるりとまわっている。その少し低い椅子に座って、広く開いた間口から外を眺めると、少し伸び始めた原っぱの向こうに、杉が立ち並ぶ様子、ときおりやってくる鳥の姿、すぐ横に流れる川の音が聞こえてくる。

そんな広場にぽつんと立つ小屋に、いろんな人が打ち合わせに来てくれる。

先日は、製紙会社の営業さん。県の事業の顔合わせもこんなところでしてしまった。このあいだは、打ち合わせの前に数時間早く来て、半野外のワーケーションをテストしてくれた強者も……。

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こんな山の中、しかも打ち合わせなんて行われそうにない小屋まで来ていただくので、少しばかりのおもてなしに、お茶を用意する。

急須は、大分県南部の臼杵焼の急須だ。ざらざらとひび割れ、はがれそうな釉薬。窯元でみつけたそれは、B品ということで少し安くしてもらったけれど、使えば使うほど、粗野な感じがよい景色で、気に入っている。

そこにその日の気分で茶葉を入れて、山から引いてきた湧水を沸かして入れる。

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耶馬溪には戦後から70年以上、ずっと無農薬・有機を続けてきた珍しい農協がある。その下郷農協では、野菜や米だけでなく、牛乳、豚、鶏なども餌や飼育にこだわって育てられている。お茶もそのひとつで、山一つがすべて無農薬の茶畑が続く。Uターンした井上さんがてがける、その山の上の茶畑と、お茶づくりを以前取材させてもらった。緑茶だけでなく、耶馬溪岩茶と名付けられた烏龍茶、紅茶などに取り組むお茶づくりへの思いや、愛おしそうに茶葉を扱う姿を実際に見せてもらってから、ここのお茶を飲むのがいつも楽しみだ。

その他にも移住者が始めた、阿波番茶の流れを汲む、放棄されている茶畑を活用した耶馬溪発酵番茶など、多様なお茶文化が少しずつ広がっている。

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小さめの急須に入れた茶葉がふくらみ、よいかなと思ったところで器にお茶を入れる(少し垂れやすいのもご愛嬌。使い手が工夫すればよいのだ)。

晴れの日も雨の日も、小屋から外を眺めながらお茶を飲むと、なんだか良い景色に思えてくる。それは不思議に私だけではないようで、かしこまった人も、スーツで揃ってくる営業の人も、なんだか帰る頃には顔がゆるんでいて、それを見るのはなかなか嬉しい。

都市でデザインをしていた頃は、高層ビルの中で朝から夜中まで仕事をしていた。今思うと、過緊張のなかにいたように思う。それはそれで熱がどんどん重なって、おもしろい仕事だったと思っているけれど、こうやって自然の中にいることを日々繰り返していると、また違うデザインが自分の中に育っているような気がしている。

いつか打ち合わせにお越しください。
小屋でお茶をご一緒しましょう。


福田まや(ふくだ・まや)

星庭 代表/テンポラリ耶馬溪 主宰
1985年生まれ、奈良県出身。 Inter Medium Instituteで学んだ後、関西・東京での広告代理店勤務などを経て、2012年に大分県・耶馬渓へ移住し、デザイン事務所「星庭」を設立。セルフビルドにて自宅兼事務所を建築。2021年に地域の振興のための団体「テンポラリ耶馬溪」を設立。森の中でブランディング、パッケージ、ロゴなどのデザイン、地域での暮らしをもとにした様々なプロジェクトを行っている。 近年は、開通前の高速道路を期間限定でホテルに変身させた「耶馬溪トンネルホテル」など。
家族は、植木屋の夫と娘たち。田んぼと畑も借りて半自給暮らし。
https://www.hoshiniwa.com

写真 谷 知英|WARASHIBE PICTURES
https://www.warapic.com/