(2021.02.14公開)
京都を拠点に20年ちかく、アートを通じたまちづくりに関わってきたさとうひさゑさん。“まちにアートなできごとを”をテーマに活動するNPO法人、アート・プランまぜまぜの理事長をつとめ、2005年から続く天若湖アートプロジェクトでは自ら企画を立案し、副委員長としてプロジェクトをとりまとめてきた。そんなさとうさんの根底には、「表現するひとをサポートしたい」強い思いがあると語る。そう思うようになったこれまでの足跡や、新たな方向に踏み出した今後の活動について伺った。
———あらためて天若湖アートプロジェクト(http://amawaka-ap.com/index.html)について教えてください。
京都府のちょうど真ん中にある天若湖で、2005年から毎年開催しているのが天若湖アートプロジェクトです。天若湖は1997年に日吉ダムの貯水湖として完成した比較的新しい湖なんです。
ダム建設により水没した集落の家があった場所に明かりを灯すプロジェクト“あかりがつなぐ記憶”は毎回実施していますし、地域の特色を活かした作品の展示なども行ってきました。運営はいくつもの市民団体やNPO、大学などで実行委員会をつくり、アート・プランまぜまぜも1回目から関わっています。
———どのような経緯で、天若湖アートプロジェクトがはじまったのでしょうか。
都市部から車で1時間ほどの場所にあるダムというのは珍しくて、天若湖は観光地としてのポテンシャルがあるんですね。でも当時の天若湖は、ブラックバス釣りや水上バイクの利用が問題になっていました。水上バイクや外来魚の放流が、ルールや法律で制限されることになり、もっと多くの住民や外から来たひとも楽しめるアイデアが必要ということではじまったのが天若湖アートプロジェクトなんです。
———湖面に明かりを灯すプロジェクト“あかりがつなぐ記憶”は、どうやって生まれたのでしょうか。
当時、日吉ダムや地元団体などが参加する協議会の要望もあり、天若湖の利用方法について、桂川流域ネットワークがアイデアコンテストを開催しました。そこで“あかりがつなぐ記憶”のアイデアが出てきたんです。ダム湖である天若湖の底には、5つの集落が沈んでいます。その集落の家があった場所にライトを浮かべて、静かなお祭りのようなことをしたらどうかという提案があったんですね。
その案を知って、「わあっ!」って思って……実現できたらいろんな意味が感じられそうですし、見た目も美しく素晴らしい作品になると感じました。それで当時開催されていた“アサヒ・アート・フェスティバル”(https://www.asahigroup-holdings.com/csr/philanthropy/art-cul/artfes.html)に、企画書を書いて申請してみたんです。
するとそれが採択されて、桂川流域ネットワークとアート・プランまぜまぜでともかく実現しようということになりました。“あかりがつなぐ記憶”のほかにもコンサートやダンスなどの上演も行って、なんとか開催にこぎつけたのが15年前のことですね。
天若湖には5つの集落が沈んでいるのですが、はじめはひとつの集落でしか明かりを灯すことはできませんでした。それから集落の数を増やし、2009年にはすべての集落で実施できるようになり、毎年1日か2日間、全体で明かりを点灯させています。
———水没した集落に住んでいた方からは、どんな反応がありましたか。
集落に住んでいた方はもちろん移住されていますが、高齢化がすすんでいて、亡くなられる方もいらっしゃいます。そんな高齢の方が“あかりがつなぐ記憶”をみにくると、当時の記憶が鮮明によみがえるようなんです。
湖面には、測量した正確な場所に明かりが点いていて、どの光が誰の家かわかるようにしています。「あそこは誰の家」だとか「その近くに川が流れていた」とか、「畑があった」とか、昔の集落のようすをすごく自然に語っていて、本当にそこにみえているようなんですね。
それに移住後に生まれたお孫さんの世代や、都市部から観光に来た方もいらっしゃいます。このイベントがかつての集落の姿や、ダムのことを伝えるきっかけになっていて、とてもうれしいです。“あかりがつなぐ記憶”というタイトルそのものですよね。
今年はコロナの影響で開催できませんでしたが、天若湖アートプロジェクト自体は、オンラインで実施しました。来年以降も、また続けていきたいと思います。
———さとうさんが理事長をつとめるアート・プランまぜまぜについて教えてください。
アート・プランまぜまぜは、2002年に京都で設立し、もう20年ちかくになります。アート系のNPOは、最近こそ全国で地域アートのイベントを開催するなど、存在を知られるようになりましたが、2002年当時はほとんどありませんでした。そういう意味では、アート・プランまぜまぜは、アートとまちづくりをつなげるNPOのはしりだったと思います。
活動内容は、天若湖アートプロジェクトが大規模で派手なんですが、それ以外はわりと地味で硬派な活動をしてきました。たとえば、京都の文化政策に関する勉強会を開催したり、伝統産業に携わっているひとやアーティスト、そのほか市民活動に関わっているひとをゲストに迎えてサロンを開いたり、年に3回か4回ほどのペースで活動してきました。けっこう硬い内容が多くて、限られたメンバーで細々と続けてきました。
あとは京都府の事業の一環で、アート恋活というアートと婚活を一緒にしたイベントも数年前から開催していて、けっこう人気があります(笑)。最後に実施できたのはコロナが広がる前で、プロのデザイナーにきていただいて、クリスマスカードを参加者が一緒につくりました。
———さとうさんがアートに興味を持つようになった経緯をお聞かせください。
わたしは浜松の出身で、高校はまちなかの女子高に進学しました。でも今ひとつ面白いと思えることがなくて……何か新しいことをしようと絵画教室に通いはじめました。すすめられるまま美大受験コースに入って学んでいたのですが、途中から本気の子が入ってくるんですよ。ずっと絵を描くことが好きで、美大入学を目指して、ラストの追い込みでそのコースにくる。そんな子たちのようすやすごく上手な絵をみて、わたしはこのまま美大を受験していいのかという違和感が出てきました。
そこで自分の好きなことを振り返ってみると、絵を描くこと以外にも、文章を読んだり書いたりすることも好きだったんですね。絵画教室では、わたしだけそこに置いてある美術手帖などの雑誌や本を、ずっと読んでいたこともあります。
そしてあらためて大学について調べると、美大の中で芸術学とか美学美術史といった文系のコースがあることを知りました。そんなコースがある大学は、当時は限られていて、京都芸術短期大学の美学美術史コースに入学しました。
———興味がある分野にぴったりな進学先がみつかったんですね。
そうなんです。ただ選択肢は限られていて、「なんでアートに関わっているの?」と聞かれたら、成り行きと言えるのかもしれません(笑)。とはいえ現在の活動のきっかけになったのは、専攻科にすすんだときに課題として与えられたパブリック・アートの研究をしたことですね。
パブリック・アートというのは、文字通り公共空間に設置された彫刻とか造形物といったアートのことです。それをみて感動したりとか、いろんなことを考えさせられたりといったこともありますが……正直に言うと、あまり面白くない作品も多いと感じます。そしてそこに多額の税金が投入されているわけです。
既存のありかたとは違うもっと効果的な方法で、公共の中でアートを展開できないかと考えるようになりました。それがきっかけで、まちづくりに関わる団体やNPOなどと接するうちに、自分でもNPOを立ち上げ、今のような地域をサポートするという方向にすすんでいきました。
———アート・プランまぜまぜは、“まちにアートなできごとを”というコンセプトだそうですね。
野外彫刻のようなパブリック・アートのありかたを批判的に捉えたかたちで活動がはじまっているので、“まちにアートを”ではなく、“まちにアートなできごとを”というキャッチフレーズなんです。ハードではなくソフトの提供をやっていこうという意味があります。
ですから天若湖アートプロジェクトも、文化政策についてのサロンも、アート恋活も(笑)、アートに関わるソフトの提供という意味ではつながっていると思います。
———現在はどのような活動に力を入れているのでしょうか。
実はいま、事務職として働きながら京都橘大学の博士課程で学んでいるんですよ。そこではアートとはちょっと離れて、パブリック・コメントについて研究しています。パブリック・コメントというのは、行政機関が政策をつくる際に集める国民や市民の意見のことです。
わたしは10年前に、若手でNPOの代表をしている関係で、京都市が基本計画を策定するときにつくる若者会議の審議委員に推薦されて、2年半委員をつとめました。その委員のミッションのひとつとして、パブコメを数多く集めるための支援というものがありました。
はじめは、パブコメを集める支援と言われてもわけがわからなかったのですが(笑)。委員になった他のNPOの代表や起業家や研究者たちと一緒に、何をすべきか話し合いました。そこで、ただ意見を一方的に聞くのではなく対話することが必要ということと、行政が待っているだけではなく自らまちに出ていくべきだということになりました。それをまとめて “攻めと対話のパブコメ”といったコンセプトで、わたしがリーダーとなって活動をはじめたんです。
———“攻めと対話のパブコメ”とは、具体的にどんなことをしたのでしょうか。
街頭や地下鉄の駅、それに京都市が開催しているイベント会場にブースを設けてもらって市民のコメントを集めました。京都音博でくるりがライブをやっている会場の一角で、パブコメを集めていたこともあります(笑)。そこでは基本計画の説明をして、対話しながらコメントを書いてもらうということをやりました。
基本計画なので幅広い内容がありますが、子育てについては子育てサークルで話を聞くとか、テーマ別に場所を変えたこともありますね。10年後にこうあってほしいという未来志向の意見を出してもらったり、大学のまち京都というイメージについて意見をもらったり、いろんなことを聞きました。
それが成果を出したんですよ。通常は平均するとひとつの案件について20件ほどのところ、1000件近くパブコメを集めることができました。
———とても大きな成果のように思います。その方法を継続的に行って、パブリック・コメントを行政に生かすということはできているのでしょうか。
それがなかなか難しいんですよ。基本計画の審議委員は、期間が終われば解散してしまうんです。ただ、パブコメを収集する技術やノウハウを引き継げるように、審議委員をしたメンバー有志でパブリックコメント普及協会という非営利団体をつくりました。数年前には関西の若手研究者に協力して京都市だけではなく文科省のパブコメについても効果的に収集するための活動をしたこともあります。
そうやってパブコメに関わってきましたし、市民参加のツールとしても有効に使えるように感じますが、制度としては難しすぎて、素人には理解ができなかったんですよ。それで大学院で学んでみようと思いました。ところがパブコメについての系統立った研究はあまりされていなくて、自分でほとんど一から研究しています。専攻としては、公共マネジメントで修士をとって、今は地域経済学の先生について研究しています。
———アートプロジェクトやまちづくりなど、幅広い分野に関わってこられた根底には、どんな思いがあるのでしょうか。
自分のやってきたことを振り返ってみると……わたしは表現するひとをサポートしたいんですね。その対象は、作品をつくるアーティストだけではなく、一般の市民でも同じなんです。社会に対して市民が声を上げることも、一種の表現活動だと思っています。そのサポートをしたいんです。
それにパブコメに関わっていて楽しいと感じるのは、自分が啓蒙的にならなくていいということもあります。文化的な活動も全般的に同じだと思いますが、アートに関わる活動は「アートのすばらしさを知らないひとに伝える」みたいに、啓蒙的になりがちです。自分には合っていないところがあって、アート・プランまぜまぜの活動では苦しいときもありました。
パブコメの場合は、市民が抱えている思いを自由に言えるように引き出して、行政に届けます。今ではトップダウンではなく、社会参加のボトムアップのサポートという立ち位置が、わたしには向いていると感じます。アート・プランまぜまぜの活動からパブコメ普及協会まで、これまでやってきたことがすべて今につながっていると思います。
取材・文 大迫知信
2020.12.11 オンライン通話にてインタビュー
さとう・ひさゑ
1975年2月20日生まれ。浜松市出身。
特定非営利活動法人アート・プランまぜまぜ理事長
天若湖アートプロジェクト副実行委員長
パブリックコメント普及協会代表
摂南大学嘱託事務職員
1997年 京都芸術短期大学美学美術史コース専攻科修了
2019年 京都橘大学大学院現代ビジネス研究科修了
京都橘大学大学院現代ビジネス研究科博士後期課程在学中
2002年に「まちにアートなできごとを」をテーマに特定非営利活動法人アート・プランまぜまぜを設立。理事長に就任。
2005年、アート・プランまぜまぜと桂川流域ネットワークとの共同プロジェクトとして天若湖アートプロジェクトを開始。
2009年より2年半のあいだ、未来の担い手・若者会議U35の市民委員として活躍する(第2期議長)。活動終了後、2012年に未来の担い手・若者会議U35の有志によるパブリックコメント普及協会の活動を開始し、対話型パブコメの普及を行う。また、2017年より社会人院生として京都橘大学に入学し、パブリックコメントについての研究活動も行っている。現在は現代ビジネス研究科の博士課程に在学中である。
大迫知信(おおさこ・とものぶ)
京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)文芸表現学科を卒業後、大阪在住のフリーランスライターとなる。自身の祖母の手料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中。祖母とともに京都新聞に掲載。NHK「サラメシ」やTBS「新・情報7DAYS ニュースキャスター」読売テレビ「かんさい情報ネットten.」など、テレビにも取り上げられる。また「Walker plus」にて連載中。京都芸術大学非常勤講師。
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