アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#78

子どもたちと一緒に“観察”し寄りそう、アートのアトリエ
― 太田さちか

(2019.05.12公開)

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母でありながら、時には子どもたちがアートに触れる場をつくる芸術教育士として、時にはひとりひとりの要望に製菓でこたえるケーキデザイナーとして、さまざまな顔を持つ太田さちかさん。それぞれはまったく異なる両面のようであり、実は深い部分で重なっているのだという。豊かさを育む太田さんの活動は、どんなふうに生まれるのだろうか。

———まずは「芸術教育士」のお話から聞きたいのですが、何がきっかけとなりこのような芸術に関わるお仕事を始められたのでしょうか?

理由は大きく2つありまして。中学生の頃、オーストラリアにホームステイしたんですけど、その時に子どもたちと一緒に絵を描いたんです。するとみんな、太陽の絵をピンクや紫、ブルーとか、いろんな色で描いていたんですね。赤っぽい太陽を描いたのは自分だけだったんです。すごく衝撃的な経験で、固定概念を覆された。色使いの違いってどこからきているんだろうとか、なんで同じ太陽なのに違う表現になってくるんだろうとか、大人になっても疑問があったんです。そこから「そもそも芸術ってなんだ?」と思って、アートにはもともと興味があって触れていたけど、きちんと体系的にも学術的にも理解したい欲求が高まって、京都造形芸術大学の大学院で学ぶことを決めました。
もう1つは、製菓の学校に通いながらパリに住んでいた頃、ルーヴル美術館やオルセー美術館に行くと、子どもたちがいっぱいいるんですよ。寝転がって写生していたり、彫刻のモニュメントの間で白衣を着て彫刻の真似をしたり、ルーヴルの下の階にはキッズのアトリエも。それもまた衝撃的だったんですね。アートと子どもたちが一緒に生活しているんだっていう、その距離の近さにすごく驚いたんです。子どもが生まれてから、日本で美術館に行こうかなと思ったら、「子どもは連れてきちゃダメ」「うるさくしちゃダメ」「寝転がるなんてありえない」みたいに、アートとの距離感をすごく遠く感じたギャップもありました。
そこから、芸術も子どもたちを歓迎しているし、子どもたちの日常にも芸術があるっていう環境をつくりたくて、今活動している子どもとママのためのアトリエ「My little days」の設立に繋がっていきました。

———始めた当初はどんなプログラムをされていたんですか?

自分の子どもが生まれた時から始まったので、ちょうど10年目になります。当時はマーケティングの仕事をしていたので、平日は会社員として仕事をしつつ、週末に友達や子どもたちを招いて小さなところからスタートしました。
その頃は大学院で学ぶ前だったので、まだ芸術を理解せずに、ハロウィンやイースターといったイベントに絡めたワークショップをしていました。10年前はまだ子どもを取り巻くイベントが少なかったんです。お母さんも子どもたちも楽しめる環境がなくて、行くとすれば児童館になってしまうんですよね。美術館にも子どもが参加できるワークショップがなかったり、そもそもお母さんが子連れで行くことがNGとされていたりもする。まずは親子で楽しめることを意識したワークショップをやっていました。

———「芸術教育士」と聞くと、つい美術館や博物館で作品の見方を考えるようなワークショップを想像するのですが、大学院で芸術を学んだことでプログラムに変化はありましたか?

イベントを中心にやっていた時は、何のためにやっているのかなって自分が揺らぐこともあったんですけど、今は自然の観察や、芸術の観察を非常に意識したプログラム構成をしています。例えば食材1つをとっても「玉ねぎを輪切りにしたらどんな模様になっているのかな?」とか、うまく観察していくととても面白いんです。食材をなんでも輪切りにしてみようっていうワークショップもしたんですが、みんな夢中になって取り組んでくれて。切るっていう単純な作業でも楽しいし、そこから出てくる模様がさらに面白くて。大学で芸術環境を学んでからは、そういった要素を取り入れながらのプログラムが組み立てられていますね。

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香りをかいで感じたことを言葉や絵で表現するほか、和装やお茶も体験するなど、日本の文化を学べる「和空間・和装で体験する「わ」の香り」ワークショップ。お寺の香りを和尚さんから聞いたり、お焼香を体験したりもできるのは、お寺で行うワークショップならでは

香りをかいで感じたことを言葉や絵で表現するほか、和装やお茶も体験するなど、日本の文化を学べる「和空間・和装で体験する「わ」の香り」ワークショップ。お寺の香りを和尚さんから聞いたり、お焼香を体験したりもできるのは、お寺で行うワークショップならでは

———プログラム内容の幅が広がっても、設立当初から変わらずお母さんも参加できることも「My little days」の特徴ですね。

子ども向けのワークショップをやっていると、どうしてもお母さんの存在が必要なんです。申し込みをするとか、お支払いが必要になるとか。さらには、子どもの社会的な面もプライベートな面も唯一知っている立場。だからお母さんとのコミュニケーションも大事だし、延長線上で一緒に楽しんでほしいっていう気持ちを持ちながらプログラムを考えています。
例えば先日、駒込の勝林寺で和の香りをテーマにしたワークショップをしました。お線香にも白檀やクロモジなどいろんな香りがありますが、それだけを嗅ぎ分ける経験なんてお母さんも普段しないと思うんです。それを子どもたちとやることで、見ているお母さんたちにとっても新しい経験になっていて。「今嗅いだ香りをお母さんに説明してみようか」とか「どう感じるか教えてあげて」って言うと、お母さんと子どものコミュニケーションが始まるし、普段とは違うかたちでお母さんの心を満たしてあげるようなことも入れています。家では「汚すからダメ」っていう発想になっちゃうことも、アトリエにいる時は「それ面白いね」「いいよ、やって」っていう風に、お母さんにとっても普段はダメって言っていることをいいよって言える場でもあります。
もちろん、子どもを預けたくて参加される方もいらっしゃいます。でも、それでお母さんがリフレッシュ出来て、迎えにくると子どもたちもうれしくて話しに駆け寄っていく。そういうこともひっくるめて、芸術を介した環境を場所としてつくる使命感みたいなものがあってやっていますね。

———柔軟にいろんなものごとを観察して、それらを製菓に繋げていくプログラムもされていますね。ケーキデザイナーの太田さんだからできるワークショップのように感じました。

それはやっぱりあると思います。みなさんそれぞれに得意分野があると思うんですけど、わたし自身の得意分野が製菓なので、それを生かしつつやっていくことも、大学院で学んだことの1つです。子どもたちと向き合う時、その子らしさを尊重することもすごく意識していて、つくり方の道筋を見せて、そこからみんな違うものをつくるんです。自分らしさを大事にしてほしい思いもありますし、わたし自身の自分らしさも製菓のスキルを使うことによって表現できるので、芸術と自分の得意なところを重ね合わせてみて、さらに面白いものが生まれたらいいなっていう気持ちでやっていますね。アートとかけはなれたものを組み合わせようとすると、子どもたちも戸惑ったりするんです。でもその戸惑いから突破して面白いものが生まれたりもするので、本当に日々発見が多いですね。

———ケーキデザイナーとしてのお話も伺いたいのですが、肩書きを「パティシエ」ではなく「ケーキデザイナー」と名乗られているのはなぜでしょうか?

自分にとってケーキやお菓子は、表現の場であってクリエイションに近いんです。既存のレシピ通りにつくるパティスリーやパティシエっていうあり方とは違うアプローチをしたかったこともあり、「ケーキデザイナー」という言葉がしっくりきました。フルオーダーメイドでご依頼くださる方も結構いらっしゃって、ウエディングだったりメディアや企業だったり、本当にいろんなところでご依頼をいただきます。例えば「ジュエリーの横に置くスイーツをお願いできますか」といったお話から、「この商品の横にクリスマスケーキを置きたいんだけど、ケーキ屋にないタイプのケーキを置きたい」っていうお話、ある雑誌社からは「手づくり感のあるイチゴのケーキをつくってほしいんです」とか。みなさんが求めていらっしゃるものが既製のオーダーメイドでできるケーキやお菓子とはちょっと違うところがあって。それに対してわたしが提案する関係になっています。

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上から、著作『メレンゲのお菓子 パブロバ』(立東舎)で紹介しているパブロバをはじめとした太田さんのケーキたち。実験的かつ、既存の商品とは違うセンスが光る

上から、著作『メレンゲのお菓子 パブロバ』(立東舎)で紹介しているパブロバをはじめとした太田さんのケーキたち。実験的かつ、既存の商品とは違うセンスが光る

———フルオーダーメイドとなると、毎度実験の積み重ねですね。

ゼロからレシピ開発するものもあります。このあいだは宝飾ブランドからの依頼で、琥珀糖っていう和菓子に洋風のテイストをいろいろ絡めたものをつくりました。ココナッツの香りがしたり、キャラメル・リキュールを入れたりと、和菓子の固定概念を混ぜてみたり崩してみたり。するといろんな色の宝石みたいなお菓子がつくれて。
原点としては芸術教育士もケーキデザイナーも実は同じです。いろんな食材や自然、名画や名作を観察し、そこから自分が何を感じるかを大事にしながら、自分らしく表現していくことが根底にありますね。
だから本当にお菓子もまだまだ可能性があります。いちごのショートケーキといったら、丸いケーキを6等分や8等分にしたものを思いつくと思うんですけど、それがまん丸だとどうなのかな? とか、全然違うところから考えてみる。そんな楽しみがあります。

———そういったひらめきはどこから生まれるのでしょうか?

美術館で作品を見た時や、まちを歩いている時でも、気になったものがお菓子と結びついた時にひらめきますね。その1つに子どもたちとワークショップでつくった、ジャクソン・ポロックの絵をモチーフにしたチョコレート・バーがあるんですが、ポロックの絵がチョコレートだといいなと思ったから。チョコレートがどろっと落ちてくる粘着性って、ペンキみたいなんですよ。だから白いチョコレート・バーに、みんな好き勝手にいろんな色のチョコレートでポロックのような絵を描いてみました。そのほかにも、ムンクの絵はナンのようななかたちだなと思ったから、ナンをつくって3つ穴を開けたらムンク、みたいなワークショップやレシピに繋がっていくこともあります。
日本人って和菓子や絵画をつくる時、すごく季節や世の中の情景を意識して表現してきた民族だろうな、と思っていて。春なら川に桜の花びらが流れる情景を和菓子にしていたり、夏だと葉っぱに朝露がのっている情景を和菓子にしています。つまり自然を観察して、情景を見て感じているからなんだろうなって大学院を通じて考えたこともあり、何度もキーワードに出ている観察を大事にしながらワークショップをしています。

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「名画・名作を食べよう!」シリーズとして開催された、ポロックの絵をモチーフにしたワークショップ。そのほかにも、モネをテーマにケーキづくりをしたり、クリムトのゴールドに注目してドレスをつくったりなど、観察する作品もつくる内容もさまざま

「名画・名作を食べよう!」シリーズとして開催された、ポロックの絵をモチーフにしたワークショップ。そのほかにも、モネをテーマにケーキづくりをしたり、クリムトのゴールドに注目してドレスをつくったりなど、観察する作品もつくる内容もさまざま

———その他にモンドリアンの絵をテーマにしたワークショップでは、プログラミングを使うなど、決してアナログに縛られずにいるのが印象的でした。

子どもたちの世界には、ボーダーがないと思っていまして。大人は勝手にデジタルとアナログを切り分けようと思いがちなんですけど、わたしのワークショップではデジタルの要素も取り込んでいます。でも、その子らしさだったり、手触り感や肌触り感であったり、人間味のあるところは大事にしていますね。
モンドリアンのワークショップは、この絵が動いたら面白いよねっていう発想から始まったものです。彼の絵にはジャズをテーマにした作品があるんですが、当時はコンピュータみたいな絵って言われていたり。モンドリアンの作品に影響を受けたプログラミング言語もあったりするんですね。コンピュータやデジタルに重ね合わせて見られる絵画でもあるので、この絵が動いたらどうなるかな? 音楽ものせてみる? とか、そんな気持ちで取り組みました。今度はデジタル画面を使わない、みんなで協力しないとできないプログラミングを使ったワークショップをやる予定なんです。

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モンドリアンのワークショップにて。プログラミングを使って観察したあとは子どもたちそれぞれがイメージしたものを絵を描き、チョコレートに

モンドリアンのワークショップにて。プログラミングを使って観察したあとは子どもたちそれぞれがイメージしたものを描き、チョコレートに

———その内容も気になります。さらに先の展開として、目指していることはなんでしょうか?

一番やりたいのは、美術館と一緒にもっとたくさんの子どもたちを招けるような大きなスケールのワークショップですね。今でもアトリエ以外ですることもあるんですけど、最近外のスペースも限られていてなかなかやりにくかったり、子どもたちが遊べる場所がなかったりもするんです。アトリエの場所にとらわれずに、自然のなかだったり、都市の遺産に指定されているところだったり、大きな環境のなかで子どもを受け入れられるような活動をしていきたいです。京都のお寺でもできることがあれば、日本の子どもたちにとってすごく幸せなことだと思いますね。

取材・文 浪花朱音
2019.04.05
オンライン通話にてインタビュー

ps

太田さちか(おおた・さちか)

2009年にこどもとママンのためのアトリエ「My little days」を設立。芸術教育士として、10年に渡り子どもを対象にしたワークショップを展開。ケーキデザイナー、コラムニストとしても幅広く活動。子供たちの興味や不思議、好き!といった感性に寄り添いながら、独自の世界観あふれるワークショップ、レシピが好評を呼び、企業サイトやウエディングシーン、多数メディアで活躍。著書『メレンゲのお菓子 パブロバ』(立東舎)は国内外で好評を呼び台湾版をこの春出版。


浪花朱音(なにわ・あかね)

1992年鳥取県生まれ。京都造形芸術大学を卒業後、京都の編集プロダクションにて、書籍の編集・執筆に携わる。退職後はフリーランスとして仕事をする傍ら、京都岡崎 蔦屋書店にてブックコンシェルジュも担当。現在はポーランドに住居を移し、ライティングを中心に活動中。