(2023.02.12公開)
1981年にベルリン芸術祭でデビューを飾って以来、53の国と地域で7,000回を超える公演を行なってきた太鼓芸能集団「鼓童」。佐渡を拠点にして、国際的に活躍する鼓童を指揮するのは現代表・船橋裕一郎さんだ。
考古学を専攻した学生時代に太鼓と出会い、そこから始まった太鼓道。どんな時でも忍耐強く目の前のことに向き合い、自身の道をコツコツと切り開いてきた今、鼓童の代表として何を思うのか。
「鼓童の活動を通して、太鼓のイメージが変わったり、驚きを感じてもらいたい」と語る船橋さんに、これまでのことと、代表として考える鼓童のあり方について聞いた。
——— 公演の演出も担当される船橋さんですが、昨年末開催の『鼓童ワン・アース・ツアー2022〜ミチカケ』では、新たなチャレンジを試みたそうですね。
これまでの鼓童は、土着性や民俗芸能がベースになったお祭り的な要素を反映しながら、僕らなりにアレンジした舞台を作ってきました。ですが今回は、そういった要素を一度無くしてみて、敢えてリズムに特化したり、音色や響きそのものに注目して舞台を作り、全編新曲をお届けしました。
夜明けから深夜まで変わり続ける自然界のリズム「日の出日の入り」「潮の満ち引き」「月の満ち欠け」をテーマに、太鼓から連想し得ない音や笛の十二重奏、舞台に吊るされた大きなドラなど、太鼓演奏の既存イメージとは少し異なる音色を創り出しました。また、半纏に鉢巻、最後には締め込みという演奏スタイルを変えて新衣装を用意し、総体的にもこれまでの鼓童とは一味違う演出を目指したんです。
僕らは人間の根源的なエネルギーや、太鼓の響きの力を届けることを大切にしていますが、今回は舞台の見せ方をいつもとは変えて表現してみました。
———鼓童の舞台演出で、船橋さんが意識していることを教えてください。
『ミチカケ』では、メンバーの住吉佑太が音楽監督を務めたのですが、彼の音楽世界、出したい音を観客の皆さんがより感じやすいように全体を俯瞰し編集することが僕の役割です。彼は演奏者でもあるので、彼も引き立たせながら一つの舞台としてまとめあげることを意識しました。
「こうしなきゃいけない」といった決まりや制限を設けず、皆と一緒に自由な発想で作ることを僕は大事にしています。メンバーの意見をキャッチアップして、それに対してお互いに意見を出し合い作り上げていく。そうすると、個人の想像を超えた遥かに面白いものが生まれるんです。
「今こういう表現がしたい」「これ格好良いよね」っていう皆の想いが、カタチになって表れたのが今回の作品であり今の鼓童です。学生の頃もそうでしたが、やらされているのではなく、自分たちが自発的に何かを作っていくことってすごく面白いですよね。その感覚を常に心に留めています。
———太鼓との出会いは大学時代だったそうですね。
1回生の頃、授業で太鼓のデモンストレーションが披露される機会がありました。友人にたまたま誘われてその練習の場に行ってみたら、すごく感動してしまって。僕はもともと関東の新興住宅地で育ち、地域柄、伝統的なお祭りや文化に触れる機会が少ない子ども時代でした。でも、太鼓の演奏に「これ、いいな!」「やってみたいな!」と心が震えたんです。
デモンストレーションの後に興奮冷めやらぬまま、指導者の先生を始め集まった学生たちでクラブを立ち上げることになりました。今でこそ高校や大学のクラブ活動として太鼓は盛んですが、20数年前には珍しく、しかも僕らは京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の4期生で、大学自体がスタートしたばかり。なので、とにかく自分たちで模索しながら形にしていきました。何かをゼロから立ち上げていくのがすごく楽しくて、毎日ワクワクしながら取り組んでいたのを覚えています。
学内外のお祭りやイベントで披露したり、プロの太鼓集団の公演や資料を参考に舞台を研究しました。その中で鼓童を知ったんですが、群を抜いて格好良かった! 集団で演奏する時の揃ってる感じ、音の大きさ、綺麗さ。ソロの演奏も大太鼓や演奏者の迫力が凄くて。公演の2時間がとても洗練され、自分たちがやっていることと圧倒的に違うなと衝撃を受けました。
そんな彼らは世界中を旅しながら演奏活動をしていて、それが「仕事」になるんだっていう驚きもありました。太鼓を叩きながら、世界のいろんなところに行けるなんて……。「好きなことを、仕事にする」。そんな働き方をしたいなと、この時に強く思いました。
———鼓童に魅了されてメンバーとなることを決意しますが、まずは研修所での修行期間が待ち構えているんですよね。
そうなんです。2年間の研修所生活があるんですが、太鼓はもちろん、唄や踊り、能・狂言などの伝統芸能や佐渡の芸能や芸術文化、茶道に農作業など多岐にわたるカリキュラムが待ち受けています。
研修所での生活はすごく厳しかったですが、今振り返るとかけがえのない時間でした。入所前から大変な話は聞いていたものの、敢えてその道を選びたかったんですよね。鼓童への憧れもありますが、2年間の研修所生活っていう「修行期間」に惹かれた部分も大きかった気がします。十二分に苦労を味わって、鼓童の演奏者として舞台に上がっていくシステムが魅力的でした。本当にキツかったですけど(笑)。
研修所を修了後は、選考を経て準メンバーとなり1年間の実地研修があります。その後、最終的に正式メンバーとして参加できるかが決まります。
若手の頃、僕は正式メンバーになってもなかなかツアーに参加できず、舞台に立てないことも多くて1人で留守番をしている時期もありました。「どうしてかな……」と悩んで、考えて、結局はひたすら稽古に打ち込みました。人並み以上に練習するしか出口がなかったんです。
一方、鼓童にとって自分が役に立てそうなことは、なんでもしました。そのおかげで、徐々にですが信頼関係が芽生え、それまで感じていた先輩に対する距離感や舞台上での居心地の悪さみたいなものも少しずつ溶けていきました。そうなると、自然と演奏も変わってくるんですよね。
メンバーになって3年目くらいの時に、ツアーで演奏する演目も多くもらえるようにもなりました。演奏以外の業務を任されることも増え、楽器の管理やツアー手配、積み込みや運転など自分が担当できる領域が広がっていきました。大きな変化ではないですが、ひたむきな練習と、鼓童の役に立ちたいという思いが、ゆっくりと結実していったのを実感しました。精神的にも未熟だった部分を乗り越え、ようやく自分も鼓童の一員になれたかなと思えるタイミングでしたね。
———鼓童の公演ではメンバー全員が一丸となって太鼓を演奏する様子が印象的です。個々の音が重なり、集団として表現された時の圧倒的な音のインパクト、その演奏技術に驚かされました。
練習を積んでいくと、演奏技術に加えて自分の耳も徐々にできてくるんですよ。自分が出している音と、他の人の音がどう重なり合っているのかがわかるようになります。それが若手の頃は全然掴めず、先輩から指摘されても何が違うのかを理解できないのが常なんですが、不思議なことに段々と身に付いてくるんですよね。
そうなると、自分の音の出し方も変わってくるし、ソリストとは違う集団での音の出し方ができるようになるんです。ここまでいけると、皆で演奏していてすごく気持ち良いんですよ! 自分の音も気持ち良いし、他のメンバーと音が合ったときも気持ち良い。その音を観客の皆さんに聞いてもらって、会場での一体感を作っていくんです。皆さんの前で演奏するから、僕たちも向上できるんですよ。本番を経ないと、演奏者は絶対うまくならないですから。
——— 今年はいよいよ4年ぶりの北米ツアーですね。今の心境をお聞かせください。
これまでは2年に1度開催していたのですが、コロナ禍のため4年ぶりです。北米は僕らの演奏活動の始まりの地でもあります。実は、鼓童の前身・佐渡の國鬼太鼓座(おんでこざ)のメンバーはボストンマラソン大会を完走後に舞台に立ったという逸話もあります。
僕はアメリカツアーで初めて海外へ行ったんですが、その時にとても温かく迎えてもらったことが記憶に残っています。観客の皆さんが心の底から喜んでくれて、新人の私にも分け隔てなくハグをして言葉をかけて迎えてくれたことにすごく感動しました。そんな方々と再会できるのが楽しみで、嬉しいです。
演目はTHE・鼓童という感じの作品で、鼓童が原点に戻ってきた印象を抱いてもらえたらと思っています。そしてその次には、「ミチカケ」みたいな王道とは一味違った作品もお届けしたいですね。
———代表として船橋さんが考える鼓童の魅力、これからの展望をお聞かせください。
鼓童は僕のグループではありません。先輩たちがゼロから積み重ねてきた歴史があるから今の鼓童があり、僕は代表としてそれを預かり次の世代に渡していく。そこからさらに積み重ね、継承できる環境を作ることが僕の役目だと思っています。
先輩たちが築き上げた鼓童の姿はもちろん大切にしなきゃいけないですし、それがあるからいろいろな挑戦ができる。その上で伝統に胡座をかくことなく、僕らも新たな鼓童を創っていくことが重要です。「こういう音じゃなきゃいけない」「こういう打ち方じゃなきゃ駄目だ」という考えはなく、みんなで新しいものを作っていける、そのエネルギーこそが鼓童なんです。
観客の皆さんも、定番が好きな方や新しい世界を観てみたい方など多くの期待を寄せて公演を観てくださいます。皆さんの声に応えつつ、誰も想像していなかったことも創造していきたい。鼓童の表現の幅を広げ、『ミチカケ』のような新たな機軸も増やしていけたらと考えています。そして、日本国内はもちろん、アジア圏や中東など未公演の国にもたくさん足を運びたいですね。
「鼓童」というジャンルを確立し、「太鼓なんだけど、いろんなものがあるよね」と認識してもらえたら嬉しいです。どんな挑戦もしていける太鼓芸能集団として、これからも鼓童の音を世界に届けていきたいですね。
取材・文 鈴木 廉
2022.12.14 インキュベーションオフィス「SPROUND」にてインタビュー
本学・京都芸術劇場 春秋座の次回公演 『鼓童 いのちもやして』は、2023年7月15日(土)・16日(日)に開催決定! 最新情報は劇場ホームページをご確認ください。
https://k-pac.org/
船橋裕一郎(ふなばし・ゆういちろう)
1974年生まれ、神奈川県中郡二宮町出身。太鼓芸能集団 鼓童 代表。考古学を専攻していた学生時代に太鼓に出会う。1998年に研修所入所。2001年よりメンバーとして舞台に参加、太鼓、鳴り物、唄などを担当する。これまでに「BURNING」などの作曲も手掛け、近年は『道』『鼓』『童』など『ワン・アース・ツアー』はじめ2021年オーチャードホールで開催された『鼓童40周年記念公演』、2022年新作『ミチカケ』で演出を担当。また、読書やプロレス、寄席や宝塚歌劇鑑賞など様々な趣味を持つ。柔らかな口調と人情味溢れる人柄でメンバーの頼れる相談役である。2012年より副代表、2016年1月より代表に就任し、グループを率いている。
鼓童サイト: http://www.kodo.or.jp/
【演奏&ラヂオ配信中】
YouTube:https://www.youtube.com/user/KodoHeartbeat
Facebook: https://www.facebook.com/KodoHeartbeatJp
Twitter:@kodoheartbeat
Instagram:@kodoheartbeat
TikTok:@kodoheartbeat
Weibo:https://weibo.com/u/7676892825
ライター|鈴木 廉(すずき・れん)
美術大学でアートマネージメントを専攻し、学芸員資格を取得。2021年よりフリーランスのコミュニティマネージャーとして活動中。