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アネモメトリ -風の手帖-

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

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#173

いのちの一滴を巡る文化―浄法寺漆―
― 岩手県二戸市

「漆」と聞いて皆さんは何を想像するでしょうか。漆器、蒔絵や螺鈿(らでん)の施された工芸品、文化財建造物。漆器は全国各地に産地があり、過去から現代までの漆芸品も博物館などで観ることが出来ます。しかし、原材料としての漆そのものの産地、というとあまり知られていないかもしれません。現在日本国内で使用されている漆のほとんど、実に約95%は中国からの輸入に頼っています。そして残り5%の国産のうち、約7割が岩手県二戸市浄法寺町で採取されています。これが浄法寺漆(じょうぼうじうるし)です。
漆林はかつて各地の里山に広がり、漆が採取されていました。それが時代と共に漆の需要が減り、また安い輸入漆が大量に入ってきたことから、国内の産地は減り、生産量も減少していきました。こうした中、文化庁は平成30年度から国宝・重要文化財建造物の修復にはすべて国産漆を使用する方針を通達しました。最近では、日光の社寺における「平成の大修理」で国産漆が100%使用されています。
また二戸市でも研修生を募り、漆を採取する漆掻きの技術伝承事業を行っています。さらに民間でも国産漆の普及啓発を目的に、事業を展開するところもあります(1)。
ただ、漆の需要が急に増えても、それに対応して生産量を増やすのは容易なことではありません。漆の木は人が管理することで育ちます。植林もしますが、放っておいていいわけではなく、日々の下草刈りや蔓植物の除去など、手入れは欠かせません。
採取シーズンが終わると、採取し終えた木々は伐採され、そこからの萌芽により森の再生が図られます。また木が育ち、漆を採取できるようになるまで最低15年、1本の成長した木から取れる漆はわずかコップ1杯分ほどです。
現在、全国で新たな土地での植樹、効率的な採取方法の研究など、国産漆の量産に向けた取り組みが行われているそうです。ただ、これから〈漆文化〉を支えていくのはこうした事業だけではないと思うのです。
それは漆がまず林業であることを思えば、ひとが自然と関わり、そこから受け取ったものを長く大切にする、そんな姿はこれからの時代に改めて求められる価値観であり、漆文化の根底にあるものです。その価値観を自らの生き方や生活に取り入れること、これも漆文化をより豊かにしていく重要な要素ではないでしょうか。

(大矢貴之)

(1)
盛岡市に本社がある株式会社浄法寺漆産業もそのひとつ。筆者は学生時代にアルバイトとしてお手伝いしており、今回もお話を伺いました。

株式会社浄法寺漆産業
岩手県盛岡市北飯岡二丁目4-23 ヘルステックイノベーションハブ
http://www.japanjoboji.com/

参考
うるしの國・浄法寺
http://urushi-joboji.com

過去に開催された伝統工芸イベントでの、女性漆搔き職人によるデモンストレーション

過去に開催された伝統工芸イベントでの、女性漆搔き職人によるデモンストレーション。海外取材陣の姿も見られました

浄法寺地区での実際の漆掻きの様子(浄法寺漆産業提供)

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祖母が大事にしていた萩焼の香炉。震災で割れたものを金継ぎしてもらったもの

祖母が大事にしていた萩焼の香炉。震災で割れたものを金継ぎしてもらったもの