アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

最新記事 編集部から新しい情報をご紹介。

風信帖 各地の出来事から出版レビュー

TOP >>  風信帖
このページをシェア Twitter facebook
#80

漆喰シーサー
― 沖縄県中頭郡

青い空とシーサーが乗った赤瓦屋根。沖縄を代表する景観です。
しかし、その歴史は意外にも新しく、1889年(明治22年)に瓦葺(かわらぶき)が一般に許されるようになってからのものです。瓦葺職人たちは仕事をもらったお礼をこめて、余った瓦と漆喰でシーサーを作り、屋根に乗せるようになりました。
このようにして、沖縄を代表する景観は作られました。
沖縄戦後の復興の過程でも赤瓦の家屋が作られましたが、やがて主流は台風に強いコンクリート作りでフラットな陸屋根(ろくやね)の家屋に移ります。少し古い調査ですが、1950年ごろ100件ほどあった赤瓦製造事業所は1993年には8件にまで減少します(1)。
このままでは施工技術の伝承が途絶えるという危機感から、職人たちは、共同受注と施工技術管理を行うべく組合を作りました。それが「沖縄県琉球赤瓦漆喰施工協同組合」です(2)。この組合の活動のひとつに「漆喰シーサーの普及活動」があります。
組合では、瓦葺職人によって伝承されてきた漆喰シーサーを通して、一般の方に赤瓦に興味をもってもらうための活動を行っています。
そのひとつが、毎年ゴールデンウィークに行われている「瓦職人たちと漆喰シーサー作り体験」です。今年で15回目になります。このイベントが行われる北中城村大城地区には沖縄の伝統的な家屋で国の重要文化財に指定されている「中村家住宅」など、赤瓦と漆喰シーサー景観が多く残されています。
会場の公民館では、大勢の方が職人の手ほどきを受けながら漆喰シーサーに挑戦していました。リピーターもいるそうです。
施工費や定期的な漆喰の塗り直しの必要性など、費用面から赤瓦屋根が建築の主流に復活することは無いと思います。今後、赤瓦屋根とその施工技術は公共建築や景観条例のある地域によって支えられるでしょう。
一方、瓦葺職人ではない造形作家が漆喰シーサーの作品を発表するようになり、その商品がお土産物屋にも並んでいます。
漆喰シーサーは屋根を降り、室内を飾る調度へその役割を変えてゆく。職人の手ほどきを受けながら漆喰シーサー作りにチャレンジする参加者を見ながら、そのように思いました。

(儀間真勝)

(1)沖縄の都市型赤瓦住宅の普及要因に関する考察(1993)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/uhs1993/1993/3/1993_33/_pdf

(2)沖縄県琉球赤瓦漆喰施工協同組合
http://orskumiai.web.fc2.com/

「瓦職人たちと漆喰シーサー作り体験」のポスター

「瓦職人たちと漆喰シーサー作り体験」のポスター

瓦葺職人による漆喰シーサー

瓦葺職人による漆喰シーサー

職人の指導を受けながら漆喰シーサーにチャレンジする参加者

職人の指導を受けながら漆喰シーサーにチャレンジする参加者