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アネモメトリ -風の手帖-

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#89

蘇る洞窟都市マテーラ
― イタリア マテーラ

長い歴史を持ち、国中に美しいまちがあるイタリアに、かつて「イタリアの恥」と呼ばれた街があることをご存知でしょうか。
イタリア南東、ブーツのかかとあたりにあるマテーラは、旧石器時代の出土品も発見されているほど、歴史ある古い街です。しかし観光業に力を入れ出したのはここ5、6年で、観光客の70%はまだイタリア人という、「新しい」観光地と言えます。
この街の見所は世界遺産にも登録されている、サッシと呼ばれる渓谷につくられた洞窟住居群で、イタリアのカッパドキアとも呼ばれています。人々はここで数千年前から、渓谷の側面に掘った洞窟に住み、農業を営んでいました。教会として利用されていた洞窟もたくさん残っています。
しかし20世紀初頭に人口が急激に増加。日の光がほとんど入らず換気も十分に行えない洞窟に、ひと家族10人ほどがロバや豚、鶏などの家畜と共に暮らしていました。そのため伝染病が蔓延し、多くの死者が出る過酷な状況となりました。この頃からマテーラは「イタリアの恥」と呼ばれるようになり、この土地出身であると言うこともはばかられたそうです。
あっという間に貧困と病の街となってしまった状況を見かね、政府はサッシの外側にアパートを建て、住民を強制移住させました。厳しい生活環境ではあったもののコミュニティー意識が強かった住民が戻ってこないように、警察がドアや窓を木の板で覆ってしまった家が今でも残っています。
しかしその後、サッシの荒廃に気づいた政府は、人々をまたこの地に戻すことで状況の改善を図ることに決めます。ただ、景観と伝統を守るため、完全に住民に家を明け渡すのではなく、居住者は政府に対して家賃を払うか、政府から管理権を得る代わりに、オリジナルの状態を残すための修繕費を全て負担するかの二択になっています。生活と収入のバランスを取るため、B&Bとして洞窟を活用している人もいますが、多くの人はサッシで働き、外側にある家に帰る生活を送っています。
長い歴史の中で暗い時代があったのはほんの数十年ですが、それでも「イタリアの恥」とまで呼ばれたまちが、その原因となった洞窟住居を資源として観光客を呼び込むほどに甦ったそのたくましさは目を見張るものがあります。力強い景観は、このまちが歩んできた歴史の重みがつくったものでもあるのです。

(佐谷由希子)

サッシ全体の様子

サッシ全体の様子

サッシの中は階段だらけ

サッシの中は階段だらけ

「イタリアの恥」時代の住居の様子

「イタリアの恥」時代の住居の様子