アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#97
2021.06

未来をまなざすデザイン

2 STUDIO SHIROTANIから広がること 長崎・雲仙市小浜
7)刈水から小浜、島原半島へ 耕しながら、広げる
デザインマーケット

城谷さんにとって小浜に戻ってきてからの20年は、地道な活動期間というだけではない。自分のやるべきことをして、誰よりも小浜を楽しみつくしていた。どれほど忙しくても昼になると自宅に戻り、家族で昼食をとる。休日は友人たちと海を眺めながらバーベキューをしてワインを飲んだり、小浜の幸を温泉蒸しして楽しむ。仕事はもちろんのこと、人生をどう楽しむか、その姿を若い世代に身をもって示してきた。「楽しむ」こともまた、城谷さんの大切なキーワードでもある。

城谷さんが手がけたことの1つに「デザインマーケット」がある。食べ物や生活雑貨などを扱う青空市で、刈水地区の住民に楽しんでもらいたいと始めた小さな催しだ。回を重ねるごとに口づてに人気を呼び、県外、さらに東京からも出店希望が相次ぎ、客層も広がっていった。古庄さんや尾崎さんが独立し、刈水地区を出たこともあって、景色デザイン室 / 景色喫茶室やカレーライフもマーケットの拠点となり、小浜のまちに広がるイベントに変わりつつあった。城谷さんは、このマーケットの主催を若い世代に手渡そうとしていた。

———最初は城谷さんが構想されて、引っ張ってくださっていました。種はしっかりまいてくださったし、土も、相当いい土をね。運営を少しずつ僕たちに任せるというか、「今回はお願いね」と距離を取るようになっておられました。会長というか、一歩退いたような感じでしたね。(尾崎さん)。

———コロナで実現できなかったけど、第3回目は「僕はいろいろ言わないから、考えてみて」って。みんなで集まって、翔さん(尾崎さん)がみんなに声をかけてくれて会議をして。方向性を若手のみんなで確認し合ったりとか。(古庄さん)

デザインマーケットは「まちそのものをデザインする」試みでもある。刈水から小浜へ。ささやかなイベントは、若い世代とともに育っていこうとしている。
城谷さんはさらに大きなビジョンを描いていた。小浜のある島原半島へ、そしてその先へ。地域を耕しながら、広げていくことを構想していたようだ。

———県外の人からすると、島原半島って1つの半島じゃないですか。でも、地元の人の意識は雲仙市、南島原市、島原市の3市に分かれていて。それぞれがエリアを守っているし、お互いに1つとして考えるっていう発想があんまりなくて。だけど、ひとくくりにしての半島としての魅力ってあると思うんです。城谷さんも島原半島全体で魅力を発信したほうがいいんじゃないか、って話されていました。(古庄さん)

そのビジョンにはおそらく、STUDIO SHIROTANIの「卒業生」をはじめ、バラエティ豊かな若い世代が小浜に集まってきたことも大きくかかわっていたのではないだろうか。このメンバーがいれば、デザインマーケットをはじめ、さまざまなイベントなどを試みるなかで、小浜から半島全体に広がる動きも生みだせる。まさにこれから、だった。

———デザインマーケットについても、小浜全体についても、今後どうやっていくのか宿題を与えられた感覚でいます。いらっしゃるとどうしても頼ってしまうので、残されたものの大きな使命というか。重く捉える必要はないんですけど、城谷さんが悔しがってくれるぐらい、いいまちにしていくのが、きっと恩返しになるかなと思っています。(尾崎さん)

———城谷さんに残された宿題の答え合せをみんなでやっていくような感じですね。城谷さんが長い時間をかけてやってきたことを、そのスケールで考えないと。軽いものは飛んで行っちゃうんで。しっかり根ざしてやっていきたいと思います。(古庄さん)

STUDIO SHIROTANIのメンバーはそれぞれ、城谷さんから受け取ったことが数多くある。それらを丹念に思い起こし、それぞれが持ち寄り、共有する。そして、とことん話し合う。その過程で、目の前の、そしてその先の解は自ずと見えてくるのかもしれない。
次号では城谷さんと小浜、そして地域デザインのありかたを別の角度から探っていきたい。

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刈水庵
https://www.karimizuan.com/
景色デザイン室
http://keshikidesign.com/drinkstand/
カレーライフ
https://www.currylife323.com/
文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
文:浪花朱音
1992
年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2019年帰国。現在はカルチャー系メディアでの執筆を中心に活動中。
写真:衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。