アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#89
2020.10

これからの経済と流通のかたち 市やマルシェ編

3 山ト波が手がける、さまざまな市

1)東京から京都へ ひとりで市を始める
prinzの春市、秋市

鷹取愛さんは「山ト波」という屋号で、展示やイベントの企画運営を仕事にしている。なかでも「市」はひとつの柱だ。これまで手がけた主な市としては、カフェやギャラリーなどの複合施設「prinz」での青空市をはじめ、左京ワンダーランド、太陽と星空のサーカスin京都、京都ふるどうぐ市、亀岡KIRIマルシェなど。そのほか、展示やイベントに合わせた小さな市なども数多く開催してきた。

そのはじまりは、鷹取さんが東京から京都に引っ越した10年ほど前にさかのぼる。東京ではドイツなどの輸入文具を扱う会社につとめ、市を主催する側にはまったく縁がなかった。それが、京都に来てからのつながりで、仕事の一環としてやってみることになったのだった。

鷹取愛さん

鷹取愛さん(撮影:小俣裕祐)

———仕事を辞めたタイミングでしばらく海外に行くか、京都にちょっと住んでみるかって考えました。2010年のことです。京都には友だちがけっこういて、友だちの家の町家に泊まったりしていたんです。それで、京都に住むことにして。3ヵ月限定でマンスリーマンションを借りて、でっかい京都の地図をつくって帰ろうと思っていたんです。毎日、行ったところのショップカード、買ったものの包装紙やシールをノートに貼って「ここのパンが美味しかった」など感想を書いていました。
そのころ、(中京区西ノ京)円町にあるイタリアン「il piatto」にお客として入り浸っていたんですが、オーナーの水谷さんが「prinz」をリニューアルするから、2、3ヵ月でいいから働いてくれないかって声をかけてくださって。

prinzはカフェレストラン、ギャラリー、 ホテルの複合施設。期間限定のつもりで京都に来て、さまざまな店を訪ね歩くなかでご縁がつながったのである。なんとも京都らしい展開だが、鷹取さんはここから5年ほど、prinzで働くことになるのだった。ギャラリーの企画や運営などの経験はなかったが、もともと気になる店や展示などは好きでよく観に行っていたから、大変ながら日々が楽しい。そのなかで、ふと中庭で市を始めようと思い立つ。

———一堂に好きなものを集めて、まず自分が買いたいと思った。京都に来てから、好きなお店とかものがめちゃくちゃあったんです。「ギャラリーモーネンス・コンピス」とか、和菓子ユニットの「日菓」とか(*)、お店じゃなくても出会いたいひと、まだ出会っていないひとに会って話がしたいと思って、マルシェをやるっていうことをきっかけに、みんなに声をかけに行きました。
初回は12店舗ぐらいかな。マルシェは初めてだったので、同時期にprinzにマネージャーとして入った溝上さん(PLANNING OFFICE 4)がアドバイザーになってくれて、企画書も全部チェックして、添削もしてくれて。出店の依頼に行くときも、心細いところとかは一緒に来てくれたんです。

つながりがあるから市を始めたのではなく、つながるきっかけをつくるために市を企画したのだった。ジャンルは幅広く、パンにお菓子、衣服、本、植物など、衣食住に加えて、趣味的なものも多く含んだゆるいくくりである。

2011_秋市_1

2011_秋市5

2011_秋市7

prinz_???? ゙ード 1

(上3点)いずれも2011年秋市のもの。出店の交渉は、一軒一軒をまわって、直に企画の説明をしていった / 最初のころのフライヤーは、手づくり感にあふれ、一生懸命さが伝わってくる。宣伝や告知はフライヤーと、prinzのHPやブログが中心だった

こうして話を聞いていると、2010年代に入ってから、若い世代のものづくりと市は相性が良かったとあらためて思う。ことに京都では、自分のペースでものづくりをして、共感してくれるひとに買ってもらう、という小さな経済のまわしかたが根強くある。店を持たずに、自分たちのネットワークで循環させることに加えて、市に出店することで、ふだんは接点がないひとと出会えたり、どんなものが求められるのかを知ることもできる。そして、売り上げもそれなりに上がる。
prinzの市を始めたころは、さまざまな市が立つ京都でも、若い世代のつくったものを扱う市はほとんどなかった。「自分の好奇心で動いていた」と鷹取さんは言うが、こうして当時を振り返ってみると、求められている場を開いたようにも思えてくる。

鷹取さんがイメージしていた市は、いわゆる市らしい市ではない。書店の恵文社一乗寺店でパンを売っていたり、ギャラリーモーネンスコンピスのギャラリーで開かれる市など、一定のクオリティが保たれている空間で、その場の魅力を生かしながら、イベント的に催されるものだ。
「イベントとしての市、マルシェ」は、鷹取さんが手がける市に共通するキーワードかもしれない。市の要素のなかでも、とりわけ遊びの部分が充実している。なかでも特徴的なのは、開催日のプログラムに音楽のライブを入れるところだ。

———音楽は自分がすごく好きなので、自分が聴きたいライブを企画したりしていました。でも結果的に、出店してくれたひとたちもお客さんも、みんなで楽しめる感じがすごくよくて。市をやるときは、できる場合は必ずライブを入れるようにしてますね。

お客さんを楽しませるだけでなく、出店者みんなも楽しい、そして主催の鷹取さんがいちばん楽しい。その楽しさを共有できて、「この市、このとき」の空気を醸しだしてくれるのが音楽なのだと思う。

(*)……それぞれ閉廊・解散し、別の活動を始められている。

prinz秋市

2017_微生物祭

広い中庭は、木々が茂って気持ちのよい空間だった /ギャラリースペースでのライブ