5)ユニークな“海中タイル絵”
京都・別府湯
きんせ旅館のように長い年月をかけた改修のなかにタイルが息づき、今でも親しまれている例もあるが、もっと身近な存在としてのタイルもある。
そんな建物が銭湯だ。タイルといえば、すぐ思い浮かぶのは銭湯ではないだろうか。そして銭湯と言えば壁面に富士山のペンキ絵を思い浮かべるひともいるだろう。京都ではこうした壁画にもタイルが使われる銭湯が多い。とりわけ珍しいのは、京都駅の南、竹田街道と十条の交差点を少し北に上がったところにある別府湯。これまでにも紹介してきた京都の泰山製陶所が近所に位置していたこともあり、浴室に泰山タイルが使われていることが近年「再発見」された、知る人ぞ知る名銭湯だ。
タイルに筆で絵を描き焼き付けたものや、モザイクタイルで図像を描いたものなどタイル絵も様々だが、別府湯のものは乱型のタイルで海中の様子を描くという珍しいもの。男湯では海女さんの姿も見える。
——このタイル絵は先代が貼ったんです。うちが昭和36年にここにきたときには、もう貼ってあったんです。タイル絵はどこの風呂屋にもあったわけじゃないですね。モザイクタイルのものはよくあるけど、これはあらかじめ焼いておいたものを割ってモザイク絵に貼っていく。昔は右下に「泰山」って書いてあったんだけど、修理のときに削っちゃった。
こう語る店主。もともと奥さんの親族が経営されていた別府湯の創業は1927年。鳥取出身の店主は、1955年に京都で親族が経営する銭湯を手伝い、縁あって奥さんと結婚。今年で78歳、夫婦二人三脚で半世紀もの間銭湯の番台に立ってきた。
——昔はこのあたりは銭湯が多かったですよ。近所に10軒以上あったけど、15年ほど前から減ってきて、今は5、6軒になっちゃった。みんな高齢になって、古くなった設備の再投資も難しくなって。若いひとがいても「継いでくれ」とは言えないようになっちゃった。それでも毎日常連さんは来てくれはるから、いまでもつづけているんだよ。
80余年もの間京都で様々なひとに愛された別府湯は、昭和の時期に2度の改修を経ている。その名残で女湯は男湯より更衣室が広く、赤ちゃんを寝かしておく場所が今も残る。
大きな改修とは別に、毎日使われる浴室では、どうしてもタイルが剥がれてしまう。そのたびに店主自ら、貼り直して補修をするのも日常茶飯事だ。
——これくらい自分で直さなきゃ。剥がれやすいタイル? 配管沿いや浴場のなかはどうしても剥がれやすいよね。タイル絵は一度も剥がれたことはないね。やっぱり職人の腕が良かったんだろうね。
「いろいろ変わったけど、タイル絵だけはそのままだね。タイル絵を残してるのも他にないからだね。時々タイル見に来てくれるひともいるよ、あなたたちみたいに」と店主。「わたしたちのポートレート? そんなの恥ずかしいよ(笑)。代わりに銭湯を存分に撮ってあげてください」と笑う店主ご夫婦の姿に、変わりゆくまちのなかで、変わらずに庶民の暮らしを支えてきた飾り立てない佇まいが感じられた。