アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#34
2015.10

現代に生きるタイル

前編 京阪神に息づく、タイルのある風景
7)タイルに込めた創造性を受け継ぐということ

ここで取り上げた5つの建物は、社交場、かつてホテルだった教育施設、旅館、銭湯、喫茶店と、使われ方は多種多様。泰山タイルの使われ方にも多様性があったが、一方で、タイルが使われた空間にはどこか凛とした空気が流れているようだった。

先にも書いた通り、泰山製陶所は、明治期に陶器からの移行で模索された一点物の美術タイルから、戦後に大きく受容されていく建材としてのタイルとの過渡期に、美術と建材の双方の性格を持ち得る「タイル」という素材の可能性を追求した。進々堂京大北門前の川口さんが述べる利便性に優れた素材を用いた、美的優位性の追求は、多くのひとを惹きつけたのだろう。京都を超えてさまざまなところにその仕事が届けられた理由はその点にあるはずだ。

いわばタイルは、社交や晴れの舞台といった非日常のみならず、生活空間の日常においても、都市に生きるわたしたちの生活に彩りをもたらしてきた。

考えてみれば、現在の建物のなかでこれほど特殊な使われ方をする素材はないだろう。庶民が日常使うような場所を装飾するための素材によって、海外から来る要人をもてなす場所の顔をつくる、そんな素材はいまほとんど見ることができなくなっている。「便利である」という一点によってタイルはある時期から新建材に取って代わられてしまったが、そこで失われたものは少なくない。

そこで失われたもののひとつは、先人がタイルに込めた創造性とも言うべきものだろう。綿業会館のタイルタペストリーで試みられた5種のタイルに驚くべき多様性をつくりだしたことも、甲子園ホテルのバーにリサイクルされたタイルを用いたことも、別府湯に飾られた乱形のタイルを組み合わせたタイル絵も、それぞれタイルを使っていかに空間を彩っていくのかに関する、創造性の舞台となってきた。
きんせ旅館の取材帰り、島原界隈を歩いていると3階建ての近代的な町家に改造されたタバコ屋の前を通りがかった。タバコ屋の店主は、床壁にあしらわれたタイルを見ながら、「これうちの父が当時改築したんや。考え方が進んでいて、本当にハイカラなひとだった」と聞かせてくれた。伝統的な町家を活かしながらも一面のタイル貼りに西洋化の息吹を感じる。このまちの風景を自分たちの手でつくっていく、名も知れぬさまざまな先人たちの気概と努力が透けて見えるようでもある。

そうした思いを引き継ごうと、困難さを抱えながらも強い気持ちを持って維持管理する方々の姿もまた印象的だった。彼らがタイルを残そうとしているのは、現在その価値が見直されているからでも、単に貴重だからというだけでなく、先人の創造性が詰まった対象だからなのではないかと感じた。タイルをつくったひと、タイルを依頼したひと、タイルのある風景を生きるひと、そしてタイルを守るひと、時代を超えてタイルに関わる様々なひとの思いがある。

ただ、もちろん現実的には何もしなければ消えていく運命にあるのがタイルでもある。施工や維持管理の容易な新建材の発達によって、日本のなかでタイルは必ずしも「合理的」な選択肢ではなくなったことは動かし得ない事実だ。現在タイルが愛好の対象となっているのは、タイルが「珍しいもの」になっているという理由もあるのだろう。

一方で、そんな「もの珍しい」古今東西のタイルを収集しアーカイブすることで、まちにも還元していく動きもある。それは先人がタイルという素材と格闘してきた、創造性の数々を記録しておく取り組みでもある。

後編ではそのような取り組みを取り上げたいと思い、タイルの一大生産地である岐阜県多治見を訪ねた。タイルの流通消費地であった京阪神にて、タイルがいかに使われてきたのか、を見てきた本編。一方で、タイル産業そのものとともに歩んできた多治見では、2016年に「多治見モザイクタイルミュージアム」が開館予定だ。なぜタイルのミュージアムをつくることになったのか、どのような取組みをしているのか、タイルをいかに残し伝えていくか、その取組みを取材した。

島原界隈のタバコ屋さんのタイル

島原界隈のタバコ屋さんのタイル

綿業会館/一般社団法人 日本綿業倶楽部
住所 大阪府大阪市中央区備後町2丁目5番8号
電話 06-6231-4881
開館時間 10:00~20:00
休館日 日・祝、第3土曜
※館内見学(事前申し込み、有料) 館内見学はHPを確認の上、事前に事務局へ電話・FAXにて申し込みhttp://www.mengyo-club.or.jp

旧甲子園ホテル/武庫川女子大学 甲子園会館
住所 兵庫県西宮市戸崎町1-13
電話 0798-67-0290
※館内見学(事前申し込み、無料) 館内見学はHPを確認の上、事前に電話にて申し込み
http://www.mukogawa-u.ac.jp/~kkcampus/

きんせ旅館
住所 京都府京都市下京区西新屋敷太夫町79
電話 075-351-4781
カフェ営業時間 15:00~22:00
定休日 火曜日(不定休もあり)
宿泊 1日1組限定(詳細はHPを参照)
http://www.kinse-kyoto.com

別府湯
住所 京都市南区東九条石田町25-1
電話 075-691-5616
営業時間 15:00~23:00
定休日 土曜日・第二火曜日

進々堂京大北門前
住所 京都市左京区北白川追分町88
電話 075-701-4121
営業時間 8:00~18:00
定休日 火曜日

(参考文献)
『日本タイル博物誌』(阿木香・新見隆・日野永一・山本正之 / 株式会社INAX)、『コンフォルト』2015年6月号(建築資料研究社)、『日本のタイル工業史』(日本のタイル工業史編集委員会 / 株式会社INAX)、「綿業会館の設計と私」『日本綿業倶楽部月報1969年5月』(渡邊節 / 一般社団法人日本綿業倶楽部)、「続・生き続ける建築―10 渡邊 節」『INAX REPORT』No.188、『いいビルの写真集 WEST』『いい階段の写真集』(ともにBMC / パイインターナショナル)、『甲子園ホテル物語ー西の帝国ホテルとフランク・ロイド・ライト』(三宅正弘 / 東方出版)、「泰山製陶所の転用技術―甲子園ホテルの集成タイル」『京都精華大学紀要 (43), 163-174, 2013 』(中村裕太 / 京都精華大学)、『京都極楽銭湯読本』(林宏樹 / 淡交社)

文:榊原充大
建築家、リサーチャー、京都精華大学非常勤講師。1984年愛知県生まれ。建築等に関する取材執筆、物件活用提案、調査成果物やアーカイブシステムの構築など、編集を軸にした事業を行う。2008年、より多くの人が日常的に都市や建築へ関わるチャンネルを増やすことをねらいとし、建築リサーチ組織RADを共同で開始。同組織では主として調査と編集を責任担当。寄稿書籍に『レム・コールハースは何を変えたのか』(2014)。

写真:黑田菜月
写真家。1988年東京都生まれ。2011年中央大学総合政策学部卒業。大学在学中より作品制作を開始。2013年、第8回写真「1_WALL」グランプリ受賞。個展に「けはいをひめてる」(2014年、ガーディアン・ガーデン)「その家のはなし」(2015年、ON READING)「ファンシー・フライト」(2015年、東塔堂)。

写真:森川涼一
1982年生まれ。写真家。2009年よりフリーランスとして活動する。
人物撮影を中心に、京都を拠点とし幅広い制作活動を行う。

※表紙・扉・第3章・第4章は森川涼一撮影、第1章・第2章・第3章のポートレート写真・第5章・第6章・第7章は黑田菜月撮影