アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#30
2015.06

「一点もの的手づくり」の今

前編 行司千絵さんの服と手芸
4)ひとの注目を集める服

「手づくりの、そのひとらしい」服の力は、着ているひとだけにとどまらない。行司さんのつくった服で外出すると、美知子さんは見知らぬひとから声をかけられるようになった。近所でも、ちょっと遠出した先でも「その服どうしたん?」と、不思議なくらいに。

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リバティの布を使ったパッチワークのコート。ステッチを赤にしたり、ボタンも赤い糸でつけたりと、行司さんの好みも反映してある。やわらかな色柄が愛らしく、これを着ているとよく声をかけられる

リバティの布を使ったパッチワークのコート。ステッチを赤にしたり、ボタンも赤い糸でつけたりと、行司さんの好みも反映してある。やわらかな色柄が愛らしく、これを着ているとよく声をかけられる

つい先日の体験を美知子さんが語ってくれた。

——この前ね、パッチワークのコートを着て(京都駅の)伊勢丹に行ったんですよ。そしたら3人の方から「ちょっと奥さん」と声かけられて。おひとりは、わたしより若い方でしたよ。「素敵ねえ」と言わはって、「どうやってつくらはったん?」と。だから「娘にしてもらった」って。次の方はわたしと同い年ぐらいの方やったと思いますけど、同じく「それいいわね、どうしたん?」と聞かれたので、同じく「娘に」って。もうひとりは、エスカレーターで上ってたとき、向こうからにこにこしながら下りてきはって。あれ、知ってるひとかもしれないと思ってわたしも笑ったんですよ。そしたらすれ違うときに、その方が「素敵~!」って肩をぽんと叩いていかはって。知らない方やったんですけど。

どのひとも、美知子さんが着ている服が既製服ではなく、誰かの手づくりというのがわかって反応していくのだった。
日本の女性は、いわゆるシニア世代になるととたんに、おばあちゃん的な色やかたちの服しか選択肢がなくなってしまう。60代であれば、「コムデギャルソン」など個性的なブランドに出会ったひともいるから、未だそうした服を着ているかもしれないが、70代や80代になると、そうはいかない。けれど、やはり当人たちも、70才を過ぎたから、「年相応」とされているくすんだ色のスラックスを履く、ということになじめなかったりするのだろう。
そのいっぽうで、この年代は手づくりの服を知っている世代でもある。

——自分でつくってたひとはわかるみたいなんですよ。既製服とは違う感じがね。だから、「誰がつくらはったん?」「自分でつくらはったん?」と聞いてこられる。「これつくらはったな」「これ買わはったな」って、わたしもわかりますから。母世代とか、今の60代以上のひとは、小さいころ家で親に服をつくってもらった記憶があるから、服が手でつくれるっていう記憶がまだあるんですよね。実際にキルトをしたり刺繍をしたり、小物をつくったりしているひともまだ多いから、母の服を見ると、自分もつくってみようとか、参考にしたいとか、そう思われるらしいです。

手づくりの服の記憶が呼び覚まされて、自分もまたつくってみたいと思うようになる。行司さんのつくった服を介して、誰かの気持ちがふたたび「手づくり」に向かう。ささやかに、そんなことが起こっているのだ。
行司さんは「わたしは(自作の服を着ていても)まったく声をかけられないんですけど」と、いたずらっぽく言うけれど、もちろんそんなことはない。ただ、行司さんに声をかけるのは、見知らぬ誰かではなく、よく知った友人知人たちだった。