アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#83
2020.04

自分でつくる公共 グランドレベル=1階の試み

3 点から面へ、回遊できるまちのつくられかた 東京・森下、浜町
4) ルールをつくらず、自由に、発展的につながる
「リズムアンドベタープレス」宍戸祐樹さん2

店内にはレコードとプレイヤーが置いてあって、宍戸さんはそこからその日かける曲を選び、遊びにきた友達に料理を振る舞うような調子で仕込みを始める。音楽に合わせて体は知らず知らずのうちに動き出し、今から出てくる料理やお酒への期待でウキウキした気持ちになる。

18時過ぎ、お客がぽつぽつ来始めた。近所のデザイナーだという方は、宍戸さんに軽くあいさつすると、手慣れたようすでビールを冷蔵庫から出して、真ん中のテーブルで飲み始めた。しばらくして、会社帰りの若い女性がやって来て、カウンターで一杯。常連のようで、宍戸さんに最近あったことを話している。こうして話を聞いてもらうことリフレッシュしているように見えた
女性とデザイナーの方は隣り合わせるわけではないが、あいさつするように、自然な会話を交わしている。こうしてお客同士も仲良くなっていくのだろう。

そして、わたしたちも取材する側とされる側という垣根を超えて、いつのまにか一緒になって飲食や会話を楽しんでいた。ここはそんな、めてかどうかに関わりなくとけ込める気楽さがある。宍戸さんはいったいどうやってそんな雰囲気をつくり出しているのだろう。

———基本的に自由にしてもらうって感じですかね。あんまりルールをつくらない。お客さん同士に会話してもらって、自分は引いて見ている。

だから、わざわざ禁止事項をつくらなくても、この場でどうふるまうか、お客のほうがわかっている。ときには自分で冷蔵庫から飲み物を出したり、テーブルを片付けたり、手伝ってくれることもあるそうだ。宍戸さんのいう「甘えん坊」な性格が功を奏しているのかもしれない。
さらに、お客からイベントなどの企画が持ち込まれることもあって、これまでにDJイベントやライブなどを何度か行っている。最近では、レコードコンビニにもよく行く、近所に住むミュージシャンがリズムアンドベタープレスが気に入って、ライブを行うことになった。場所代は取らない。「ライブやイベントをするスペースでもなく、機材も揃っていないから、飲食代で儲かればいい」と、自由にやってもらっている。
ここもまた、喫茶ランドリーのようにお客の自発性が発揮される場なのだ。

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売り上げは立ち飲みのほうが多く、インスタなどSNSで見てやってきて、常連になるお客も。程よい距離感とリラックスできる空気が心地よい

———この場所があってよかったって言ってくれるひとがいるので、続けているようなもので。ただそれだけですね。大人の部室みたいな。自分のところに遊びに来たみたいな感じで、各々好き勝手やって、たまに話して、また違うひとと話して、本を読みたければ本を読んで、みたいな感じですかね。

10年ほど前、この界隈ではレコードコンビニが話題になってきていたが、2018年に喫茶ランドリーとリズムアンドベタープレスが相次いでオープンしたことでひとの集える場のヴァリエーションが生まれた。いずれの店も、訪れるひとたちによって育てられている。自然な流れで、森下エリアが面になり、隅田川を渡った中央区の浜町エリアまで広がったことで、回遊性も生まれている。
レコードコンビニの進藤さんもこの店にやってくるし、喫茶ランドリーのスタッフたちもよく仕事終わりに活版立ち飲みでゆっくり過ごす。田中元子さんは仕事帰り、レコードコンビニに立ち寄っては、一缶開けて「おやすみなさい」と帰路につくのがパターンだそうだ。リズムアンドベタープレスレコードコンビニ常連さんも重なっている。

さらに、この3店にとどまらず、レコードコンビニの近くにもユニークな店ができている。「
ローリンカフェ(RLNG CAFE)は、できたころはレコードコンビニ とそれほど関わりがなかったが、進藤さんがお店のオーナーと交流を持ちはじめ、今ではDJ機材が揃うローリンカフェの設備を最大限活用して、毎週金曜にDJイベントを開催している。進藤さん自身が企画に関わっていて、有名なDJだけではなく、レコードを買いに来た常連のお客さんに、プレイのレベルに関係なくDJをやってみることを勧めている。そこで宍戸さんや田中元子さん、喫茶ランドリーのスタッフがDJをすることもあるという。
つながりはゆるやかに、さらに面白く変わってきているようだ。