アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#73
2019.06

コミュニティの、その先へ

3 神奈川・鎌倉の個人店とコミュニティ
5)コミュニティの、その先へ

3号にわたり、鎌倉のコミュニティづくりに関わる人々を取材してきた。彼らから教わったフォーマットを今一度思い返してみると、現代の私たちが「よきもの」として思い描いているコミュティとは、つまるところ「個人が、より心地よく個人であることに帰るための集団的フォーマット」なのではないかと思わされた。

鎌倉の人々の活動を見ていると、多人数で寄り合い、解散することに慣れている。世代を問わずに参加できるイベントが多いし、会計ひとつとってもルールづくりがとても上手い。何かを禁止するための規則ではなく、スポーツやゲームのルールのような、誰もが公平に楽しめるようにするための心得のようなもの。公共性と多様性をしっくりと調和させるその文化はやはり、NPOをはじめとするこのまちの市民活動が、長い時間をかけて集合知的に醸成してきた豊かな下地だといえるだろう。その上で、新しいテクノロジーや経済の価値観をダイナミックに縦方向に展開していく民間企業がある。そして、まちの個人店の店主たちが、日々の暮らしや身体感覚に近い言葉ややり方で、それらを翻訳し、横方向に広める役目を担っている。

鎌倉ではなぜコミュニティづくりが活発なのか、という問いを投げかけると、「あまり自分には関係ない」「意識高い系のひとがやっているイメージ」と率直に話してくれたひともいた。しかしながら、もし自分が何かを始めたいと思った時、すでに試運転が済み、洗練された状態のフォーマットがまちにたくさんあるということは、どれほど便利で、スピーディーで、ありがたいことだろう。朝食屋コバカバの内堀さんやポンポン ケークス ブールヴァードの立道さんのように、「団体活動に学んだ個人活動」が、すでに鎌倉で機能し始めていることに強く注目したい。

多様性の良さは、一方向に暴走していかないことだ。鎌倉市農協連即売所を案内してくれた朝食屋コバカバの内堀さんが、「鎌倉でとれた野菜を地元では『鎌倉やさい』と呼ぶんですが、実は伝統野菜というわけではないんです」と話してくれたことを思い出す。伝統野菜ではないけれど、まちの個性的なイタリアンやフレンチのレストランの要望に農家が積極的に応じるうちに珍しい西洋野菜が豊富となり、年間を通して少量多品目が栽培されることとなった鎌倉の畑は、いつしか「七色畑」と呼ばれるようになったという。つまり、鎌倉のまちの個性が野菜の色となって、この美しいカラフルな光景を生んでいるのだ、と。

鎌倉に生まれ育ったひとだけではなく、鎌倉の土からとれたものを食べているひと全てが、このまちを彩る色のひとつなのだ。市場をにぎわす赤や黄や紫の野菜が、鎌倉で出会った人ひとりひとりの顔や声と重なった。

1V8A9427

朝食屋コバカバ
https://ja-jp.facebook.com/COBAKABA/

ポンポン ケークス ブールヴァード/ポンポン パントリー
https://ja-jp.facebook.com/POMPONCAKES/

取材・文:姜 尚美
編集者、ライター。出版社勤務を経て、現在はフリーランスで雑誌や書籍を中心に執筆活動を行う。
著書に『あんこの本』『京都の中華』、共著に『京都の迷い方』(いずれも京阪神エルマガジン社)。

写真:長野陽一
写真家。1998年、沖縄・奄美諸島の島々に住む10代のポートレイト写真「シマノホホエミ」を発表して以来、全国の離島を撮り続ける。2001年に写真集『シマノホホエミ』(情報センター出版局)、2004年に写真集『島々』(リトルモア)を上梓。2012年には島に暮らす人々を海の中で撮影した写真集『BREATHLESS』(フォイル)を出版。現在、北鎌倉在住。