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アネモメトリ -風の手帖-

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#18
2014.06

場の音、音の場

前編 梅田哲也×細馬宏通 対談 展覧会「O才」をめぐって
2)ひととの距離の近さ、作品にまちが入り込む

前出のBreaker Projectは、2011年より2年間の継続プログラムとして、梅田さんの他に、呉夏枝、大友良英、山田亘の4名のアーティストとともに西成区山王を拠点に創作活動に取り組んできた。その集大成として、2014年2月から3月にかけて、「O才」を始め、コンサートや展覧会が開催されたのである。

梅田 もともとあの辺の地区は、大阪に生まれて育ったひとなんかは、子どもの頃に行っちゃいけないと言われたりするわけでしょう。僕も大阪に来て、そういうところだと初めて知って。環状線を1駅ずつ降りるということをしたときも、あの辺りはやっぱり異質だった。

細馬 そうね。僕も高校は環状線沿いだったからその感じはわかる。寺田町、天王寺と来て新今宮あたりでどうもようすが違ってくる。

梅田 何年も前から、あの辺に行こうと思って行くのではなく、通りがかることがけっこうあったんですね。ライブで「BRIDGE」(*1)に行くときも通るし。そのうち、喫茶店やら、ご飯を食べに行ったりするようになって。実際に出入りすると、印象も変わっていくわけです。で、3年前にBreaker Projectから声がかかって、「O才」の前の企画で、「福寿荘」という築60年のアパートで作品をつくることになったんですが、そのときに、いろんなひとと知り合うきっかけができたんですね。福寿荘の大家さんも面白いひとだし、近くの飲み屋の店主や、集まる客も変わったひとが多かったり。あと、普通に道を歩いててやくざに話しかけられるとか、おばちゃんにあいさつしたら、そのまま1時間以上も平気で立ち話されるとか、挙動がいちいち気になるひとがわんさかいて。そうすると、例えば小説や映画なんかで、本筋や結末がどうこうよりも、途中で変なひとが出てきたり、妙に気になることがたくさん起こって、そのディテールの積み重ねが異様で、ときに不穏で面白い、というような話があるじゃないですか。そういう話の舞台に迷い込んだような感覚を持つようになってきて。

まちなかにある「飛田シネマ」

まちなかにある「飛田シネマ」

細馬 そこですでに「O才」の萌芽が感じられるね。「こういう場所です」じゃなくて、歩いたり、付き合ったりしてる経過に感覚が向いているという。

梅田 どこか入って行きづらい、排他的な匂いがあるのに、ひとたび足を踏み入れると、ひととの距離が妙に近かったり。落語に出てくる長屋の住民みたいな距離感というか。

細馬 「O才」では、まちをあちこち歩いたんだけど、人と人との距離感の近さはすごく感じた。「O才」で渡される地図にはあちこちチェックポイントが記されていて、動物園駅前商店街にもいくつか目印がしてある。確か、印にはスピーカーの絵が描いてあったな。で、スピーカーを探したんだけど、それらしいものというと、商店街の有線用のスピーカーしかないのね。で、なんだか古い曲がかかってるんだけど、それが“展示”なのかたまたまかかってる曲なのかわからない。「もしかして勘違い?」って思って、もらった地図をまた見てたら、そこに暇そうなおっちゃんが親しげに寄ってくるわけだ。「貸してみ、それ俺な昨日から3回くらい聞かれてんねん!」って地図を奪っちゃうの。で、こちらがまだ何にも質問も何もしていないのに「教えたるわ!」(笑)。というわけで、商店街の端から「あんな、ここがナリタヤでな」ってツアーガイドが始まって。いや、それが尋ねたかったわけじゃないんだけど、まあいいかって。妙な親しさのある空間だよね。
その一方で、有線スピーカーのすぐ側にある、薬屋のおっちゃんは「昨日から有線がおかしいんだよね」って言ってて、それが展示に関わってるなんてまるで知らないのね。片方では、観にきた客に食いついてくるおっちゃんがいるのに、もう片方では、日常に変なものが割り込んできた、と受け止めているおっちゃんもいる。その落差がすごかったね。
地図には番号が振ってあったので、最初は番号順に、ひとつずつ回るつもりだったんだけど、有線の正体をつきとめようと、あちこちひとに聞いて回ったら、結局商店街のいろんな店で立ち話することになったりして。美術鑑賞だとしたら、これはもう完全に横道にそれてるんだけど、むしろその経験自体が面白かった。これはいったい、自分は展覧会に来ているのか、展覧会という名のもとに、このまちの変なところに、ロールプレイングゲームみたいに分け入ってしまっているのかとか、いろんなことを考えたね。

梅田 結局、有線は最初の何日か、ずっと内容を変えてました。他の展示については全部こっそり潜り込ませることができたんですけれど、有線はなかなか定まらなかったんです。大部分の人たちは聞き流しているから、あまり気にしていないし、そこに付け入ってやってたことではあるんですが、商店街のお店で1軒だけ、「こんな音楽はダメだ」とクレームをつけてくるところがあったんですよ。その都度、変えて変えて、変えて。デビッド(*2)が別会場から大衆歌を中継した後は、戦前の大阪の曲をかけることで落ち着いたんですけど、最初のうちは、「葬式を思い出す」とかいろんなことを言われてしまって、むずかしかったですね。

細馬 そういうおじさんが“発掘”されるというのは、ある意味で面白いよね。展示をすることによってまちの断面が露頭のように表れる。

*1フェスティバルゲート、BRIDGE フェスティバルゲートは新世界にある複合的娯楽施設。大阪市が鳴り物入りで始めた「大阪市現代芸術創造事業」のかつての拠点であった。2002年に開業し、2007年に事業終了。BRIDGEはNPOのビヨンド・イノセンスが運営するオルタナティブ・スペース。ギタリストで作曲家の内橋和久が立ち上げ、文字通りオルタナティブな名演、怪演が行われた。

*2加藤デビッドホプキンズ 天理大学准教授。日本の古い大衆音楽や、70年代以降のアンダーグラウンド/オルタナ音楽の大収集家・愛好家、かつ研究者。

まちの住民に向けた、デビッドさんのレコードライブ。道行くひとものぞいていく