4)街を変える書店
売上を増やし、拡大することだけが課題ではないのであれば、この施設の目標と行く末は一体どこにあるのだろう。同センターは立ち上げ時に、本を「読む人」を増やす、本を「書く人」を増やす、本で「まち」を盛り上げるという3つのミッションを掲げている。いずれも短期的な結果が出るようなことではない。しかし、この施設が機能することで街に与える影響は少なくはないだろう。
街の文化度を表すバロメーターのひとつに、古書店や喫茶がある。良い新刊書店がある街は、古本屋の品揃えが違う。昨日今日出たばかりのベストセラーが複数冊幅を利かせるセカンドハンドショップのような店ではなく、地域性と多様性の表れた「ここだけの古書店」が生まれ、書店の帰りに立ち寄れる喫茶店やカフェが増加する。
書店によって街が変化し、観光や第一次、第二次産業だけではない、地元の人間に向けた場所が増え、機能すること。八戸ブックセンターの目的が売上だけでも、啓蒙だけでもないとすれば、最良の結果は八戸という街に反映されるのではないだろうか。それは短期的なものではなく、5年、10年のスパンで初めてわかることだろう。
多くの企業や資本はその長いスパンを辛抱できない。続けることそのものが目標であり結果でもある。これは個人が生業として店を営業することでしかできない強みでもあるのだ。八戸ブックセンターは公営の書店であるがゆえに、そのような生業の店が持つ粘り強さがあるはずだ。
この取材の後、森夫妻に八戸の街を案内していただいた。地元の客で賑わう居酒屋で地の魚と地酒に舌鼓を打った後、最近オープンしたというバー「AND BOOKS」にご案内いただいた。最近独立し、店を始めたばかりだという本好きのマスターの蔵書がずらりとならぶブックカバー&カフェだ。安部公房など店に並ぶ本の話を交わしながらウイスキーを呑み、情報を交換する。その後さらに、路地裏に佇む「ディープ八戸」と冠した地元の人間が集まる薄暗いバーにはしご。八戸にしかない店でここでしか味わえない時間を過ごす。「明日は休みだから」というおふたりの言葉が印象に残っている。
八戸ブックセンターが入り口となり、ゲストを地元の店へ誘うことで、街の輪郭がくっきりと浮かび上がる。結果、来客には再訪を促し、地元の個人店には潤いを与える。店である限り、その店を機能させるのは結局ひとでしかない。森さんらとはしご酒をしながら、訪れる前の疑問は解消された。店は毎日現場にいるひとたちがつくり、そのような店は街を変える。八戸ブックセンターはそんな地元の入り口であり、ハブとなる店として生まれたのだ。