1)市長の原体験
モダンな雰囲気の館内へ足を踏み入れるとすぐ脇にはギャラリースペースが。その隣には「本の塔」というひとりこもって読書ができるスペースや、ギャラリーでの展示関連書など、そのときどきのトピックに基づいたおすすめ本がディスプレイされている。カウンターではコーヒーやビールなどが提供され、館内で楽しむことができる。
約95坪ほどの館内をとり囲むようにして本棚が設置されるが、面出しを多用しているためさほどの圧迫感はない。八戸のひとが書いた本、「宇宙」や「生態」世界各国の都市などのキーワードで集められた本。各棚はインデックスではなく、テーマごとに配置され、いわゆる雑誌や実用書、コミックなどのコーナーは見当たらない。いわゆる人文科学書や芸術書、文芸書やエッセイに一部のビジネス書などを加えた商品構成は、今どきのセレクト型書店を見慣れた目からすると驚くことはないものの、これが公共の施設だと考えると、やはり異色の商品構成だ。
立ち上げ時の棚構成はブックコーディネーターである内沼晋太郎が手がけたが、このように限定されたテーマで構成されるに至ったのは、市からの要請があってのことだ。
ことのはじまりは、市長が「本のまち」構想を掲げ当選したことだった。所長を務める音喜多信嗣さんはこう語る。
———この試みの最初は市長、行政のトップの決断です。そもそもは市長の政策公約なんですよ。市長が本当に本が好きで、「子供のときから本から影響を受けて自身の生活や考え方が変わってきた」っていう経験から「本のまち」構想がはじまった。昔から個人で営んでいる町の本屋さんが減ってきている。それは八戸も同じです。かつての町の書店には、「いい本」っていうと語弊があるかもしれませんけど、なかなかふつうは読まないような難しい本もあった。1階には雑誌類があって、2階にそういう本があったんですよね。それが市長の経験してきた八戸の本屋さんでした。でも、そういう場所はもうなくなってきている。本屋さんの中心がどうしても雑誌とかマンガになってしまって、「いい本」に出会う場所がなくなった。そういう場所がなくなったらだめでしょうって。でも、それが商業ベースにのるかっていったら、難しいわけですよね。じゃあ誰がやるの? 商業ベースにのらないなら、まちづくりの一環として行政がやるべき仕事でしょう。という考えでスタートしています。
かつて雑誌やコミックの売上で書店が維持できた時代、回転率も鈍く、売上に貢献することもない人文書や文学の棚は、本屋にとってある種の矜持でもあり、お客さんにとっては「学びの場」という公的な役割をもっていたのだ。