1)日本の風土に合った革靴をつくる
靴職人・野島孝介さんの場合1
江戸時代中期、界隈に密集する糸屋や織物商が一日千両に値する商いを行っていたことから「千両ヶ辻」と呼ばれた、大宮通今出川の交差点。野島孝介さんが営むオーダーメイドの革靴工房「吉靴房(きっかぼう)」は、その交差点を少し北に上がった、大宮通沿いにある。
目印は、町家の外観と、店の靴にも使われる牛ヌメ革で出来た大きな垂れ幕。入口の引き戸を開けると、無骨なミシンや工具、ところせましと並べられたつくりかけの靴に囲まれ、野島さんを含む3人の職人さんが靴づくりに励んでいた。
「うちは1階が工房で、2階がショールームになっているんです。ご覧になりますか?」
作業の手を止め、野島さんが2階に案内してくれた。工房奥にある細く急な階段を上ると、素朴な土壁、木板をうろこのように重ねたむきだしの屋根裏に、太く立派な梁が張り巡らされた、開放感のある空間が広がる。この建物は、西陣にあった老舗の和菓子屋さんの持ち物だったそうだ。
———屋根の造り方からして、大正時代に建てられた町家だろうと聞いています。土壁がだいぶ崩れてきたので、そろそろ直そうかと思っているところです。ここを改装した時に一部はずした土壁があるんですが、練り直せばまた補修に使えるので、ちゃんと保管してあるんですよ。良く出来ていますよね、昔の家って。
その空間で愛嬌をふりまいているのは、ガラス戸付きのレトロな木棚に並んだ表情豊かな靴のサンプルたち。足にやわらかくフィットし、かつ蒸れにくいという牛ヌメ革でつくられたそれらは、すべて野島さんによるオリジナルデザインだ。ひも靴、ストラップパンプス、ミュール、ブーツなど、クラシックなものから個性的なものまで約30ほどのモデルが揃う。
———お客さんには、ここから好きな靴のモデルを選んでいただき、採寸をしたあと、つま先のタイプ、各パーツに使う革の色、ステッチの色、ソールの色などを選んでいただきます。革の色だけでも20種類はあるので、みなさん、たいてい悩まれますね。
靴サンプルのなかで、特に目を引くのは、日本をテーマにしたシリーズだ。由来をひとつひとつ尋ねたくなるユニークな名前はもちろん、これまで見たこともない楽しい形状に、思わず足を入れてみたくなる。例えば、地下足袋の形をそのまま生かし、オールレザーのブーツにしてしまった「五枚丈(ごまいたけ)」。正倉院の宝物庫に残る、女官用の布製スリッパ「繍線鞋(ぬいのせんがい)」を革で表現した「線蛙」。日本古来の儀式用の履き物「沓(くつ)」を踏襲したスリッポン「御沓(おくつ)」。そして、日本の履き物の象徴である下駄を革靴の技法で縫い上げた「革下駄」。革下駄は、野島さんの代表作であり、店の一番人気だ。
もとは西洋で生まれた革靴の文化に、昔から日本にあった履き物の文化を掛け合わせる。革のやわらかさや丈夫さを取り入れながらも、はだしで畳や板の間に上がった時のような気持ちよさ、履き心地を表現する。「日本の風土に合った革の履き物」、それが野島さんの目指す靴だ。
———日本における革靴の歴史は、実はそれほど長くはありません。ただ、日本にも下駄や草履や、神主さんの沓といった履き物の文化はあった。そういった日本の伝統的な履き物をつねづね面白いと感じていましたし、それを今の暮らしや服装に合う革靴にできないかと思ったのがきっかけです。
そのアイデアを思いついたのは、野島さん25歳の頃。その時、「やるなら京都の西陣で」と決めたという。それはどんな理由からだったのだろう。