アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#142
2025.03

社会を変えるデザイン

2 アートプロダクトと絵本出版 イタリア トリノ、ミラノ
6)女性だけで、サステナブルに
カルトゥージア出版3

移民や難民の子ども、障がいがある子ども、戦争を体験した子ども。カルトゥージアがマイノリティに向けるまなざしは、女性たちにも注がれている。

———うちには昔からずっと女性しかいなかった。数年前に1人だけ男の子が入ったけれど、他は全員女性です。なので、女の子から女性へ、といったテーマにも非常にセンシティブな会社だと思います。うちにはいろんなシリーズがありますが、女性のテーマは全部に関わっています。世界を語るときに女性や女の子の側から世界を見るっていう本づくりをすることは大事だと思っています。

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下は、世界的な女性詩人シリーズの一冊。与謝野晶子もラインナップに入っている。現在8冊刊行しているが、イラストはすべてソニアさんという女性。詩を読み込んで、繊細に描き分ける

———私たちの世代というのは、社会に対する貢献をすごく大事に考えてきたので、子どもたちと素晴らしい作家たちと社会的な問題やテーマをつなげていくことで、少しでも社会をよくしたいという思いがあります。
そして、出版のプロセスの全てにおいてサステナビリティを考えています。プリントも全てイタリアでやっているんです。外国でやるより高いけれども、やっぱりイタリアの人たちを助けていく義務が自分たちにはあると思うから。この社会のなかでみんなが暮らしていけるように、全部ここでやっています。

パッションを持って語るパトリツィアさんの話を、編集者の若い女性が隣で聞いている。カルトゥージアの絵本を読んで育ったという彼女は、こんどは自分が作る側にまわって、子どもたちに必要な本を届けている。こうして、世代を超えて、らせんが描かれていく。このような出版も成立するのかとあらためて驚かされる。

———読者や作家たちといっしょに、マーケットを見ないで「いいもの」を作ってきた。これまで400冊ぐらい全部そうやってきたというのは、私たちは頭がおかしいのよ(笑)。でも、それをやりたかったので。他にはないです。

もちろん、ヒット作も多々出しているけれど、カルトゥージアの目的はそこではない。一貫して「いいものを作る」ことを続けてきたその姿勢に頭が下がる。

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世界的にヒットした『タラリタラレラ』。2010年刊行のロングセラー。各国語に翻訳されている。「ピリプ語」を話すピリプ一家のある一日。オノマトペの愉快な言葉とイラストで、子どもも大人も楽しめる。日本語版は谷川俊太郎訳

ラボラトリオ・ザンザーラのジャンルカさんは40代、カルトゥージア出版のパトリツィアさんは70歳近く。仕事のフィールドも年代も異なるけれど、社会的な弱者に目を向け、彼らの手を取ってプロジェクトを進めている。その過程においては、多くの人とかかわりながら、妥協することなく、高いクオリティを実現してきた。
多種多様な表現を受けとめ、それらが伝わるように魅力的な商品にかたちづくること。そこにはもちろん、大変な困難もあるけれど、彼らを動かしているのは他者への想像力ではないだろうか。好奇心をもち、他者に敬意を払いつつ、ともにものづくりに取り組む。社会はもちろん、そうかんたんには変わらない。しかし、彼らのような創造的な一歩、一歩は、きっとじわじわ効いてくる。
次号はアレッサンドリアに移動して、一歩、一歩の取り組みによって、まちをつくり変えてきた事例を取りあげたい。

文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
写真:成田舞(なりた・まい)
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/