アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#142
2025.03

社会を変えるデザイン

2 アートプロダクトと絵本出版 イタリア トリノ、ミラノ
5)本当に必要とされる本を 移民・難民・障がい者
カルトゥージア出版2

イタリア社会の課題のひとつに、移民や難民の大量流入がある。日本にいると想像しづらいが、ミラノのような都市部では、小学校の1クラスのうち、30%から40%が外国人だという。そうなると、イタリア語が通じにくい子どもたちとコミュニケーションをどう取るのかを考える必要がでてくる。

———移民や難民については見逃しようのない問題であって、それをどうやって受けいれるかというのはとても大事なことだし、それを私たちが助けられることになればすごくいいと思っています。
こちらは「ストーリエ・スコンフィナーテ(国境なき物語)」シリーズです。他の地域からイタリアにやってきた人たちの、特に移民の人たちから採集したお話の本です。このジャバラのフォーマットはうちが発明したんですが、片面は絵だけで、もう片面にはイタリア語と原語の2ヵ国語で書いてあります。
20年前からやっていて、これで24冊目です。エチオピアとかウクライナとか、国は全部違います。最初は移民の子たちが母語を忘れないようにと思って始めました。移民で来た子たちためのツールでもあるし、学校ではイタリアの子たちが外国の子たちに興味を持つためのツールでもあります。もっと小さい子たちは、絵だけで楽しむこともできます。

自分たちのアイデンティティをたしかめ、他の子どもたちと話をするきっかけとなるツール。子どもたちにとっては、一石二鳥の役割を果たしてくれる頼もしい存在だろう。

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———移民だけじゃなくて障がい者もそうですよね。「ちょっとふつうじゃない」「ちょっと変」みたいに子どもたちは思うかもしれないけれど、変な子も人間だし、どういう人なのかまず理解してもらうことが必要でしょう。そういうテーマを扱っている本もいろいろ作っています。日本では障がい者は別のクラスに行きますけど、こちらでは基本的に一般のクラスにいて、それを補佐する先生がいる。分けないのね。結局大人になって同じ社会に入っていくわけだから、それを子どものときから教えることが大事だと思います。

カルトゥージアでは、内容によって本の作り方を変えている。なかでも、作家が子どもや親などに聞き取りをして、さらに専門家も交えて内容を深める手法は特徴的だ。

———「フォーカス・グループ」と呼んでいますが、子どもや親、専門家などに聞き取りをしてから作家に描いてもらうっていうのはうちの特別なやり方です。いくつかのシリーズをこのやり方でやっています。子どもが日常の生活で出会いうる、けっこう難しい問題について取り上げるときです。特殊な病気についての本もあります。それらは特別プロジェクトと呼んでいて、場合によっては財団や病院とコラボレーションもします。

フォーカス・グループでは、何度も聞き取りを行い、その声を地道に積みかさね、編みつないでいく。そうして当事者たちの思いや考えを反映させた本作りは、同じ悩みや問題を抱える子どもたちにリアルに響く。

———「サンテジーディオ」っていうキリスト教系の慈善団体から、戦争における子どもたちについての本をつくってほしいというお願いを受けました。それはサイレントブックにしようと私は提案しました。
実際にはサンテジーディオがやっている「平和学校」と一緒に作ったのですが、それは放課後に行く学校で、いろんな子たちが来る。そのなかには戦争を経験しているパレスチナやウクライナの子もいて、そういう子たちから話を聞いたり、その子たちが描く絵を見たり。そうやって、聞き取りから始めていきました。子どもたちや先生からいろいろ聞いて、作家のアンジェロさんは本を作った。どんな話にするかを彼が私に提案してきました。素晴らしいアイデアだったと思う。

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『ノン・カンチェッラルミ(わたしを消さないで)』アンジェロ・ルータ

子どもたちが普段日常で行っていた活動や遊びや生活を消しちゃうのが戦争。凧揚げしていた凧がなくなったり、本来彼らの生活にあったものが消えていきます。自動車がなくなって、窓がなくなって、遊園地がなくなって、木が全部なくなって、家もなくなって、食事もなくなって……。
でも、制作に参加した子どもたちはどこかで大きな希望を持っているんですよ。友だちと共有すること、いっしょにやることはすごく大事です。壊れた世界を縫い直すっていう思いがある。この本にはスポンサーがいるので、これは無料で配布するための特別バージョンです。学校などで配布します。
そして、これを持って、参加した子どもたちと一緒にローマの国会にプレゼンしに行きます。大体みんな貧しい家庭で大変な思いをしてここに辿り着いた子たち。これは彼らにとっては、自分たちが作った本でしょう。すごく大事に思っていて、自分たちの行っている学校でこの話をしたりしている。
自分たちを取り囲んでいる世界に戦争があってなるかっていうのをちゃんと伝えて、わかってもらうための素晴らしいツールでもありますよね。それをポエジーや美しい絵を使ってやるんです。美しさっていうのは治療の力があるのよ。

フォーカス・グループによる、静かに胸に迫る内容。子どもたちにとっては、自分の経験を語り、それがかたちになることで、誇りと自信を持つことにもつながる。サイレントブックは言葉がないからこそ、子どもたちの無数の声にあふれている。まさに、本当に必要とされるものづくりである。