アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#142
2025.03

社会を変えるデザイン

2 アートプロダクトと絵本出版 イタリア トリノ、ミラノ
4)文字のない絵本「サイレントブック」
カルトゥージア出版1

続いて、ミラノにある絵本の出版社、カルトゥージア出版(以下、カルトゥージア)を取りあげたい。40年ほど前の創立以来、自分たちですべて企画を立て、絵本を制作してきたインディペンデントな出版社である。
代表はパトリツィア・ゼルビさん。表情豊かに、カルトゥージアについて語ってくれた。

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———’87年に自分が始めた会社です。本と絵が大好きだった。自分も絵が描けるんですけど。子どもも好き。そして、ソーシャルに人とつながることが好きなんです。
イタリアの大手出版社だと、外国で成功した絵本を翻訳して出すのが一般的ですが、カルトゥージアは全部、ここで一から作っている。大変なんですけれども、ひとつ、ひとつプロジェクトを作ってやっています。

豊富なラインナップのうちでも、近年、パトリツィアさんが注力しているのが文字のない絵本「サイレントブック」のプロジェクトだ。国際的な「サイレントブック・コンテスト」を開催し、優秀作を書籍化するというしくみを作り、10年ほど続けている。

———言葉がない、絵だけを使って表現する本の初めてのコンテストで、世界中の絵本作家、絵を描く人たちに向けてカルトゥージアで立ち上げました。2014年のことです。
絵が主体となる、特に若いイラストレーターたちが自分の作品を発表できる場所を作ってあげたいという思いがあったんです。ジャンニ・デ・コーノさんという素晴らしいイラストレーターがいて、もう亡くなってしまったんですけど、彼と一緒に考えました。ふつうは作家がお話を書いて、イラストレーターはその挿絵じゃないですか。そうすると、どうしても絵は伴走者なんです。でも、デ・コーノさんは、絵を描く人たちが主体になって、作家として出ていく場をつくってあげるべきだろう、と。

言語の壁のない、新たなカテゴリーは多くの人の関心を集め、世界各地から作品が送られてくるようになった。

———絶対に必要なことがあって、それは「物語」です。お話があるということは、最初があって展開して終わりがある。ページ数は12見開きです。それは守ってもらいます。
それ以外は自由で、テーマもそうだし、どんなテクニックを使ってもいい。自由に表現してもらう場であることを大切にしています。若い子たちからの応募がずいぶん多いので、マンガを使ったりすごくダークだったり、テクニックとしても非常にイノヴェーティヴで、我々が慣れている表現言語ではないこともあります。でも、クオリティがよければそれにも目を向けていきます。

自由な表現による物語。その発想や手法の多彩さは、このコンテストをひらく意義でもある。さらに、優秀作の選出も多様な視点から行われる。大人の審査員だけでなく、読者である多くの子どもたちも加わるのだ。
たとえば2024年度は300作の応募があったが、それらを9人の審査員で話し合い、ファイナリスト16人を選出する。審査員は編集者、ジャーナリスト、アーティスト、アートの専門家、イラストレーター、教育学者など立場も能力も違うメンバーで構成される。
そして、そこからもまた独特だ。16作の候補作を世界各地の「子ども審査員」2500人が読んで、投票する。大人と子どもの審査員の評価を総合して最終的に受賞作が決まり、カルトゥージアから出版され、国際的に販売される。絵を描く若者たちにとっては、大きなチャンスともなっている。

———サイレントブックはビジュアルなので、普遍的な言語でもあるじゃないですか。言葉は書いていないけれど、読むときには、ありとあらゆる言葉が出てくるわけでしょう。そういう意味では賑やかな本なんです。
うちは昔からビジュアルのコミュニケーションの力を信じてきました。ですから、絵を大事にするコンテストはごく自然な流れでもあったし、それを通して世界じゅうに「絵でコミュニケーションする本」という文化をかなりプロモートしたと思っています。

「絵による物語」という設定で、若い画家やイラストレーターたちに扉をひらき、読者の反応も反映させて、世に送り出す。それによって、作家はもちろん、読者も育つ。このように、教育的であることはカルトゥージアの大きな特色といえる。

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2024年度の大賞には、カザフスタン在住の女性イラストレーターの作品が選ばれた。20代後半の若手。窓の外と内の光景を描いていて「外面だけで判断しないということにつながるんですよね」(パトリツィアさん)。サイレントブック・コンテストの協力・後援にはボローニャ・チルドレンズ・ブックフェア、トリノ国際ブックフェア、国際的な図書館ネットワーク、イタリアの国営放送などが入っている