3)福祉の新しいモデルとして
ラボラトリオ・ザンザーラ3
現在、ザンザーラの制作活動は多岐にわたっている。
———自分たちで商品を作るプロジェクトをすすめることもあるし、グラフィックスタジオとしてクライアントに応えることもあります。市から仕事を頼まれることもあります。トリノのジャズフェスティバルのコミュニケーションを担当したときは、ポスターやプログラム、舞台装置なども全部ザンザーラでやりました。
また、重要な活動としては「テアトロ・ザンザーラ(ザンザーラ劇団)」がある。利用者たちの生活やコミュニケーション能力を向上させることを目的に、2004年から毎年、舞台作品を制作している。出演者には元の施設の利用者も加わり、パフォーミングアーツの専門家や学生たちもボランティアで参加し、みんなで舞台セットや照明、衣裳、ポスターなどすべてを作りあげる。トリノ市内の有名な劇場で上演する実験的な舞台だ。

訪れたときは、2025年の上演に向けて稽古が行われていた。これまでは元になる作品があったが、2025年にはさまざまな作品からモノローグを持ってきて、主役は立てず、出演者ひとり、ひとりの人物を描いていくという。演出家のマルツィアさんもザンザーラのメンバーだ
こうして、さまざまな制作を続けてきたことで、ザンザーラはトリノでは知られた存在となってきている。仕事を発注するのはトリノの知人やその関係者が中心だが、さらにその幅を広げて、プロジェクトのレベルも変えていきたい、とジャンルカさんは言う。
財政的には行政の他にもいくつかの支援を受けているが、組織として自立し、持続可能な形態を取っている。
———収入としては、年に30万ユーロ(2025年2月現在、約4800万円)ぐらいです。その内の3分の2がケアのための補助金、3分の1が売り上げによるものです。50万ユーロぐらいまでになってくれると理想かな、と。
福祉のサービスをしていますから、利用者1人1日につき40ユーロが市から援助される。それ以外にも、偶然知り合ったアメリカの第三セクターを助ける組織の援助を数年前から受けていますし、いろんなコンペに参加して、勝てばプロジェクトとしてお金が入ってきます。そういうかたちで自分たちのバジェットを増やして仕事を大きくしていければ、もっと大きいレベルのプロジェクトもできるな、という段階です。
現状ではスタッフの給料がすごく安いんです。それをまともなレベルにできたら、もっといろんなプロジェクトができるようになるのですが。商品は作るところが一番大変で、その後は100個売るのも1万個売るのもそう変わりません。売る単位を大きくしていければと思っています。
ジャンルカさんには、ザンザーラを統括するうえで、ある種の使命感のようなものがある。「福祉の新しいモデル」として、可能性をひらきたいと思っているのだ。
———こういう場所が成り立っていけるんだっていうモデルであり、そのビジョンを他の人に伝える必要があるので、ザンザーラはうまくいかなきゃいけないんですよ。利用者が来て、気持ちよく居て、あるものを作りだして満足を得て帰っていく場所をつくる。それがコミュニティにとっても大事なことなので、そのアイデンティティは一生懸命考える。
誰かが全く同じように、ザンザーラをコピーするのは難しいと思います。ここに来ている人たちの個人個人の要素は繰り返せるものではないから。でもあるひとつのモデルとして、他の人がこういう場所をつくるときのヒントにはなるでしょう。
ひとつ、ひとつが大変だと言いながら、ジャンルカさんは終始にこやかで、自然体だ。それには、彼自身のワークバランスも関係しているのかもしれない。
———2010年に新しく組織をつくり直したときから、ザンザーラでフルタイムで働いています。自分の仕事は別でできるような、そういう条件です。若い時にグラフィックのスタジオで働いて技術的なことをちゃんと学んだことが、ここで活きていると思います。
自分の仕事としては、2011年から、自然農法のワインのラベルなどを作っています。日本だと、福岡正信さんの自然農法があるでしょう。あんなふうになるべく何もしないのが自然農法なんですが、そういうワインの作り方が特にフランスでは広がっていて、イタリアでも増えてきているんです。自然農法のワインの世界とザンザーラの世界、両方をやっています。
自分の感受性のなかではかなり近いところがあります。両方とも同じような倫理的・社会的・政治的な態度があって、自然農法のワインは農業を特別なやり方でやるエコロジカルなものだし、一方では人間の精神に対する、あるいは社会におけるエコロジーみたいなものだし。分野は違うけれど同じ価値観ですよね。
最小限に手をかけることで、土壌をすこやかに作り替えながら、かかわる誰もが(あるいは、生きものが)豊かになれるものづくり。ジャンルカさんにおいては、ワインと福祉、それぞれに対しての向き合い方が通じている。それぞれの世界を行き来することで、大きな循環が生まれている。

ジャンルカさんのオフィスにて。自然農法のワインラベルのデザイナーとして世界的に知られている

「ザンザーラ」はイタリア語で蚊のこと。目の前を飛びまわる、じゃま者的な存在に自分たちをなぞらえた