1)機能性と好奇心
アキッレ・カスティリオーニのスタジオ1
イタリアの偉大なデザイナー、アキッレ・カスティリオーニのスタジオから始めたい。
カスティリオーニは、戦後イタリアデザインの巨匠である。その仕事はプロダクトから都市設計にいたるまで幅広く、照明器具「アルコ(Arco)」(1962年)やスツール「メッツァードロ (Mezzadro)」(1957/71年)など、数々の作品がニューヨークのMoMAをはじめ、世界の名だたる美術館に収蔵されている。また、建築家でもあって、ミラノの教会や広場など、また世界各地で展示空間の設計も手がけた。ジャンルや地域をかろやかに超え、2002年に亡くなるまで、縦横無尽の活躍であった。
彼のスタジオは現在、私設美術館「アキッレ・カスティリオーニ財団」として公開されている。(*)。場所はミラノのほぼ中心、石造りのクラシックな建物の1階フロア。1961年から50年以上にわたって、カスティリオーニはこの場所に通いつづけた。
エントランスのすぐ脇の空間には手がけた仕事の資料がびっしりと並び、名作といわれる照明器具やプロダクトがひしめいている。ものたちの佇まいや物量に圧倒されつつも、引き込まれる。
あたりをみまわすと、位相の異なるものたちが呼び合うように、スタジオの景色をつくりだしている。照明器具や椅子描く弧や直線カトラリーや生活用品などのプロダクトに、数々の試作品。さらには、ぱっと見ただけでは何かわからない道具や雑貨。おもちゃの類い……。
空間奥の、カスティリオーニの写真と目が合う。悪戯っぽく笑っている。
(*)……建物の所有者の意向により、2026年春には退去せざるを得ない状況にある。
彼はいつも「機能」から探していっていました、と娘のジョヴァンナさんの解説がはじまる。刃から柄まで、継ぎ目のないナイフ。大工さんが使う、平べったい四角の鉛筆から発想したカトラリー。瓶の中身を無駄なくすくいとれるプラスティックのヘラ……。美しいかたちを目指したわけではなく、ものの持つ「機能」から、それらは生みだされた。「使う」ことを柔軟に、考えぬいた末のかたちといえる。
彼がもっとも大切にしていたのは「好奇心」でした、と、ジョヴァンナさんがいう。気になるものはなんでも、とことん突きつめていた。そのものの機能にはじまって、それをつくってきた、使ってきた人たちのことや彼らの動作や行動、さらには文化的、社会的な文脈や時代背景にいたるまで、子細に、深く観察し、調べつくす。プロジェクトに取りくむときもその姿勢は変わりなく、地道な過程のひとつ、ひとつをおろそかにしなかった。おそろしく真面目に、そしてとても面白がりながら。
たとえば、一本足のスツール「セッラ(Sella)」(1957年)。ユニークなこの製品は、電話するときの使用を想定している。脚が1本というかたちは、スイスの酪農家が乳搾りに使っていた椅子がモデルとなった。使う人の両足が加わって、3本で安定できるというしくみで、使い手が座ってはじめて、椅子としての用を成すのだ。電話しながら、半球状の台座は動きつづけて、固定されることがない。電話しているときのなんとも落ち着かない身体のように。
また、座面にした自転車のサドルと支柱の色にも、ちゃんと理由がある。イタリアでは当時、自転車のロードレースが庶民のあいだでとても人気があった。また、ピンク色は自転車レースの最高峰「ジロ・デ・イタリア」で、その優勝者に贈られるユニフォームの色から来ているのだった。
長く使われてきた道具の機能を用いた、身体的な動きをふまえた構造。何を象徴しているか、一目でわかる明快さ。そのうえ、ユーモアがあってチャーミングだ。時代社会を映す製品でもあるのに、今なお新鮮に映る。