アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#141
2025.02

社会を変えるデザイン

1 イタリア「プロジェッティスタ」の仕事 ミラノ、トリノ
2)観察とリサーチ
アキッレ・カスティリオーニのスタジオ2

わたしたちが訪ねたときは企画展が開催されていて、3つの部屋にそれぞれ60年代、70年代、80年代に設計した飲食店などの空間の展示があった。モックアップやプロトタイプに実物大の模型、ラフスケッチや設計図、実際に使われた家具に当時の写真など、プロジェクトの全容がつかめるように工夫されている。
人がどのように集い、視線が行き交うのか。どんな動作で、どんな器を使うのか。そして、それらが相互に関係し合うなかで、人はどう快適に過ごせるのか。それらの考察を深めながら、プロジェクトは進められた。

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彼が何かをつくるときには、そこに必ず使い手の存在がある。カトラリーなどのプロダクトはもちろんのこと、空間を構成するときも同じだ。
今回の展示のひとつ、「スプリューゲン・ブロイ(Splügen Bräu)」は、1960年にカスティリオーニと兄のピエール・ジャコモが設計したミラノのビアホールである。この空間を設計するにあたって、カスティリオーニは人間行動を徹底して観察した。その集積に基づいて、訪れる客の視線の動きや動線、それをふまえた座席の配置などを考えつつ、照明の明るさと快適さの関係を追求する。もちろん、素材や機能性のリサーチも怠らない。
この空間を訪れる人たちが、少人数で落ち着いてビールを楽しみつつ、店全体の賑わいや空気感も味わえるように。照明は必要十分な明るさがあってリラックスでき、さらに空間全体も感じられるように。
その結果、生み出さたのが、鉄道のコンパートメントを思わせる空間と、アルミを加工したペンダントランプ「スプルーゲン・ブロイSplügen Bräu」だった。アルミ素材のランプはシェードがリブ状(段々)になっていることで表面積が増え、放熱を促す。見た目もかろやかで、まさに、機能から美しさがもたらされている。
一貫して使い手の側に立ち、追求されるデザイン。そのことが体感できていく。

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スプリューゲン・ブロイの模型や設計図など。鉄道のコンパートメントのような空間は仕切られていて、やわらかい光のもとでリラックスできる。親密さがありながら、隙間があることで隣や空間全体も想像できる。ちなみに、展示空間の左上に並んでいるのはローマ時代の杭。カスティリオーニはこのかたちにインスパイアされていた

また、このスタジオにいると、彼の「発見」にふれて、取るに足らないものがとても魅力的に見えてくる。大小様々なびん。おびただたしいサングラス(のようなもの)、古くからある道具……。日用品は、彼にとってはアイデアの宝庫だった。これらのものをよく観察し、特性や用途などを解釈しなおすことが、彼の根本にあった。

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一番下は、カスティリオーニがフランスの列車から失敬してきたという洋服掛け。最小限のパーツで用をなす、と気に入っていたという