アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#130
2024.03

山と芸術 未来にわたす「ものがたり」

2 坂本大三郎さんの、経済のまわしかた 山形県西川町
4)老舗旅館で「古くて新しい」ことを

西川町には、坂本さんが山で得た知識や体験を、空間として生かす場もある。湯殿山への参詣者をもてなす宿場町として栄えてきた月山志津温泉郷に立つ、老舗の温泉旅館「変若水の湯 つたや」(以下、つたや)である。

もともと月山には、阿弥陀如来し、その化身がツキヨミノミコトであると考えられてきた。阿弥陀如来やツキヨミノミコトが持つ聖水には若返りの力があると伝わる。それが「変若水(おちみず)」である。加えてつたやでは、山伏の修行を積んだ主人・志田靖彦さんの案内で、湯殿山に早朝参拝をする「湯殿山朝参り」を行うなど、訪れる人を奥深い山の世界へ案内している。

またここは、坂本さんの奥さんの生家。坂本さんが志田さんと一緒に採ってきた山菜が食事のメニューとして供されるなど、関わりは深い。そのうちの、空間的な展開のひとつがサウナ「阿頼耶(あらや)蒸け風呂(ふけぶろ)」である。

———元々、日本のお風呂は蒸し風呂で。その運営は、山人の稼業のひとつでもありました。古くは蒸気を浴びることで心身が浄化される、という考えがあって。今でも伊勢のお祭りでは、獅子舞を舞う若者たちが、石風呂で蒸されることによって、心身を作り変えてから、聖なる存在として獅子舞をやるっていうのが残っている。そういった考え方であるとか、出羽三山っていう土地の要素を取り入れて作ったサウナです。サウナというより、蒸かし湯、蒸け風呂。そういう言い方がしっくりくるかな。

蒸気を生かした蒸し風呂は、日本の風呂の原型といわれる。古くより、蒸し風呂に入ることは、物理的な汚れを落とす以上に、心身を清める浄化の意味があるとされ、中ではさまざまな儀式が行われた。

———生きているだけで、どんどんいろんな情報が入ってくるじゃないですか。その情報によって、人間の感覚っていうのがだんだん偏ってくる、っていうふうに山伏は考えて、それをいろんなやり方でなくしていく。蒸気、滝、呼吸法、言葉で清めたり。地域によっていろんなやり方があって、それこそ北米、南米の先住民たちは幻覚植物を使いますけど。日本ではそういうものを使わないで、どうやったら体が変化するか。

入口では、坂本さんが制作した木の像が迎えてくれる。扉と内部の壁は赤く、それは身体の内部の色であり、出羽三山では象徴的な色になる。

———蒸し風呂自体がお母さんのお腹の中、っていうイメージで。山伏も、お堂をお母さんのお腹の中に見立てて、さまざまな儀礼をやっているんです。北米の先住民のスウェット・ロッジとかも、同じ。

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仏像もこのあたりで拾った木で制作。円空のような素朴さがあって、どこかユーモラスなところが坂本さんらしい。サウナには薬草なども使っていく予定だ。

蒸し風呂に加えて、坂本さんは近年リニューアルした客室空間にも山のエッセンスを加えている。月山の麓にある五色沼が一望できる半露天風呂付の客室には、阿弥陀如来が持つ聖水を指す「amrta(アムリタ)」と命名。ツキヨミの変若水にも共通するこの名前には、月山の麓で変若水の湯で若返り、アムリタの部屋で穏やかに過ごしてほしい、という想いを込めた。寝室の襖には、クロモジの枝を漉き込んだ手漉きの和紙を貼った。

老舗旅館に、山の文化や知恵を現代的なかたちで再構築する。それは、坂本さんにとっては、山で続いてきた文化を絶やさないことであり、旅館にとっては、間口を広げる新しい展開ともなる。坂本さんから老舗旅館へ、点と点が結ばれ、山の経済も回り始める。

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坂本さんが採ってきた山菜が朝食や夕食に供されることも(季節による) / KUZURIの製品はつたやにも置いている。「山ぶどうのコーディアル」(濃縮ジュース)は酸味のあるしっかりした甘さで、後味がすっきり/ オリジナルの「みそぎタオル」。ウラ面にも坂本さんのイラストと文章が。隅々にまで、山を知り、楽しんでもらおうという気配りが行き届いている