アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#118
2023.03

木彫刻のまちを、文化でつなぎなおす

3 「雲」のある豊かさを 富山県南砺市井波
5)まちを「雲」で再生する

こうした山川さんらの多彩な活動は、「まちづくり」につながっている。だが、山川さんとしては、あくまで自分が主体的に向き合える目の前の課題に取り組んでいるだけだという。

———まちづくりという大きな話になると、まちの関係者のコンセンサスをとらないといけないとか、仲間づくりをしなきゃいけないとか、そういう呪縛が生まれることがよくあります。
「どうやって仲間を見つけるんですか?」と、よく聞かれます。でも、仲間なんて見つけたことないんですよ。自分が好きな作家さんなどに、「一緒にやりましょう」と声をかけているだけです。
地方でなにかをやるときは、まず小さいチームでできることをやってみることが大事だと思っています。僕の場合、まず5人しか泊まれない宿をやってみた。そうしたら、活動が見える化して、こういう思いでやっているんだと伝播した。
井波は人口8000人ほどですが、人口1万人弱のまちは日本に無数にある。井波にできるんだったら、自分たちにもできる、こんな小さなまちでもできるんだったら、って。そんなふうに思ってもらえたらうれしいですね。

そもそも井波には、「瑞泉寺を中心に、民が支えてきた文化がある」と山川さんは語る。井波は、“木彫刻のまち”であると同時に、瑞泉寺門前の“信仰のまち”でもある。瑞泉寺は、戦国時代に、浄土真宗の僧侶や門徒の農民などが起こした一向一揆の拠点の一つ。ときの権力に抵抗し、弾圧に打ち勝った歴史があり、その精神性が息づいているという。

———瑞泉寺というお寺は、いまのことばでいうと、「シビックプライド(都市に対する市民の誇り)」。地域にとってのシンボルみたいなものです。お寺が火災で焼失しても、そのたびにお金を集めて再建する。自分たちで修復して、次につなげていくという文化があります。官とか、政治家がつくりあげた文化じゃない。
柳宗悦は、それを「土徳(どとく)」と言いましたが、ベースは他力本願の考え方です。仏さまに生かされている、という考え方や精神性がものすごく根付いている。無理をせずに、環境とバランスをとって生きる、というか。つくり手である木彫をやっている人もそうなんですけど、木目を見たり、乾燥することを計算に入れたり。「あるもの」に対して、自分はどう表現できるか考え、自分が合わせていく。だから、優しい方が多いのかなって。木彫刻家たちがこの土地に惹かれたのも、そういう精神性が宿っていたからこそだと思うんです。

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井波別院瑞泉寺の式大門。井波彫刻の元祖番匠屋七左衛門の「獅子の子落とし」が門の両脇にあるなど、ここを見るだけでも井波木彫刻の卓越した技術がうかがえる

自分が手がける「宿」のあり方も、常にしなやかに可変的なものだと考えている。

———僕は建築家として、古民家を扱っているわけですが、時代によって使い方は変わっていいと思っています。いまは「宿」だけど、100年後は別の使われ方かもしれない。木は、すごく可変性があって柔軟だし、木造って柱を入れ替えたりとかも容易にできるんです。でも、不動産という経済の考え方だと、木造住宅は約20年で評価額が0になる。「古いから建て直さないと」となってしまう。建築家として、木造住宅の文化を継承していくという意味でも、自分がやるべきことがまだまだあるんじゃないかと思います。

Bed and Craftで活動を共にする前川さんたちは、地域の作家として、地域で産業が続いていく仕組みづくりや、新たな製品の開発に取り組み、伝統の再生に挑む。山川さんは、そんな彼らのファンとして身近で応援しながら、地域の空き家を現代に生きるかたちで再生していく。

変わりゆくまちに寄り添いながら、まちを愛する人たちとともに、より魅力的なまちを足元からつくっていく。5年後、10年後、井波は、どんなまちの姿をしているのだろう。井波の「雲」が一つまた一つとまちに増えていく。

Bed and Craft
https://bedandcraft.com/
取材・文:末澤寧史(すえざわ・やすふみ)
物書き。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)を書き、描かない絵本作家としての活動をスタート。ノンフィクションの共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」の発案者。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。最新刊は、『「能力」の生きづらさをほぐす』(勅使川原真衣/著)
写真:平野愛(ひらの・あい)
写真家。京都市中京区出身、大阪在住。自然光とフィルム写真にこだわったフォトカンパニー「写真と色々」設立。著書に、引っ越しに密着した私家版写真集『moving days』(2018)、写真担当書籍に『恥ずかしい料理』(2020 / 誠光社)、ウェブマガジン「OURS. Karigurashi magazine」「うちまちだんち」の企画・運営(2015-)、NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」劇中写真担当(2021-2022)など。住まい・暮らし・人をテーマに撮影から執筆まで幅広く手がける。
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。