アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#109
2022.06

道後温泉アートプロジェクト 10年の取り組み

2 地域×アートの課題と実践を探る
4)多様な人を巻き込む力 
日比野克彦 × 道後温泉 道後アート2019・2020 「ひみつジャナイ基地プロジェクト」

日比野克彦がアーティストとして監修した、日比野克彦×道後温泉 道後アート2019・2020 「ひみつジャナイ基地プロジェクト」は、さまざまな人々が交流して道後温泉に関わり、まちのあちこちでさまざまなプロジェクトを2年にわたり繰り広げた。

———2019年のアーティストで日比野さんの名前が出た時、「しめた!」と思いました。日比野さんならお飾りのアートじゃなくて、もっと近づいて地元をかき回してくれるだろうという期待がありました。そして、日比野さんが来て最初にやったことは、運営側の主要メンバーとまちなか拠点をつくるワークショップでした。普段は会議で顔を合わせるだけのメンバーといっしょに作業することで打ち解けることができて、日比野さんを中心にみんなが放射状に集まる感じが生まれました。その次は、子どもたちや高校生の美術科の生徒たちと商店街でワークショップをやりました。アーティストといっしょにつくることも初めてで、楽しいに決まってますよね。そうやって日比野さんはまちの人をどんどん巻き込んでいきました。私も元々アートは好きでしたが、日比野さんからはぐっと前のめりに(笑)。

2019年からの道後のアートプロジェクトがこれまでと大きく異なる点は、プロジェクトのプロセスに背景の異なる人びとが多数関わっているところだ。道後地域のホテルや旅館、商店街はもちろん、子どもとその親世代、福祉施設や社会的支援を必要とする人たち、学生など、社会を構成する多様な人びとが混ざりあい、当事者がどんどん増えていった。

まちなかの8箇所に誕生した「ひみつジャナイギャラリー」では、福祉施設や社会的支援を必要とするアーティストの作品を展示した。また上人坂の上には、設計コンペでアイデアを公募した情報発信や交流の拠点「ひみつジャナイ基地」が完成した。道後温泉地区の20ヵ所以上の場所でたくさんのプログラムが繰り広げられ、そのひとつひとつに出会いとドラマが起こっていた。2年にわたるプロジェクトを日記のように記した分厚いドキュメントブックをめくると、このプロジェクトの本質が、完成形ではなくプロセスにあったことがよく伝わってくる。

———日比野さんは朴訥としていて特にかっこいいことも言わない。ただ一緒に酒を飲んだり、やっている姿を見せることでみんなを感化していきました。私もできるだけ協力したくて、日比野さんが車庫も車もシャッターもやりたいというので全部提供してしまいました。

しかし、コトが動き続けている現場はエキサイティングでも、渦中の外から見ると何が起こっているのかわかりづらい。有名作家の作品で話題を集めたこれまでとは異質の展開に、戸惑う実行委員や地元の人も多かったという。
だが「これで人が呼べるのか?」という不安を消し去ったのは、皮肉にも2020年の新型コロナウイルスによるパンデミックだった。経済活動が止まり、人の動きが止まり、道後温泉ももちろん大打撃を被る。アートプロジェクトもこれからが本番という時に、会っていっしょになにかをつくる活動はストップせざるを得なかった。それでも物理的に会えないところでなにができるかをリモートでいっしょに考え、プロジェクトの終わりまで交流と実践は続けられた。つくることのすばらしさと多様性を認め合うアートの豊かな現場がちゃんと生まれた。
古来から道後は誰でも受け入れ湯で癒やしてきた。そのアイデンティティになぞらえて日比野が言った「アートはひとつの湯船につかるようなこと」という言葉の意味を、まちのひとたちも「そうだったのか」と気づき始めた。

———本館保存修理工事のマイナスを何とかするために始めたアートが、まちの魅力向上だけでなく、まちに染み出して浸透していっている感じがします。アーティストとの距離も縮まり、それに気づいて楽しんでいる人が増えている。そこから新しい道後の活性化にもつながっていくといいなと思います。

図8

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2019年7月に行われた日比野克彦さんのライブペインティング。場所は道後商店街入口、道後温泉観光会館前。途中参加、途中離脱、見学だけも可というイベントに、200人が集まった / 日々何が行われ、あるいは行われようとしていたのか、「未満」もすくいとったドキュメントブック