アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#109
2022.06

道後温泉アートプロジェクト 10年の取り組み

2 地域×アートの課題と実践を探る
5)多様な創造と実践で、まちを大きな浴槽に

山澤商店の倉庫は、日比野のプロジェクト終了後もまちのギャラリーとして開放している。特に宣伝しなくても、通りすがりの観光客が覗いていくこともあれば、地元のクリエーターが貸してほしいとやってくることもあるという。2021年度のクリエイティブステイの際、山澤商店は道後にステイする50組のアーティストたちのインフォメーションセンターとなった。古い酒店の軒先にアートを介して人が集うようすは、すっかり日常的な道後の情景のひとつになった。

そして上人坂の上にできたひみつジャナイ基地は、今後もまちの活性化の拠点としてワークショップやイベントを行い、誰でも集うことのできるオープンスペースとして活用される。商店街のショッピングゾーンに対し、アートやコトを体験する上人坂、というようにゾーンごとに特徴づけることで道後温泉の回遊性を高め、多様な人との交流や往来が生まれる持続可能な道後温泉を目指しているという。山澤さんは、上人坂の入口にある自分の空間が、そこから上を向いて上がってもらうためのフックになれればと考えている。

_W1A5819

「ひみつジャナイ基地」の近隣に新しい施設なども生まれた。動きは続いている

———上人坂のあたりは坂が多くて、上がったり下がったりしんどい。でも、しんどい先に面白いものがあればいいんじゃないかと思っています。パンフレット通りに名所を巡って帰るのではなくて、旅の途中で予期せぬ出会いや体験があったら、もう一泊したいな、また来たいなってなる。それがアートだったらいいと思ってるんです。本来温泉はゆっくりするところ。イベントを繰り返すのもいいけど、人口減で若い担い手が少しずつ減っているなかで、彼らに負荷を与え続けたら嫌になっちゃうと思うので、無理ない範囲で続けられる仕組みが必要です。日常の中に溶け込んでいる方が、長く続くと思っているんですね。

2021年度のクリエイティブステイで50組のクリエーターと交流したことも、山澤さんの大きな刺激となった。彼らの眼差しを通して、山澤さんはすでによく知っているはずの道後のまちに新しい発見がいくつもあった。

———道後温泉本館は湯船があって洗い場があるだけの温泉です。最近はサウナがあったらいいよね、という話もあるんですが、アーティストたちはあのシンプルさがいい、と言ってくれました。シンプルなお湯に1週間近く入ったから本質に気づけたと。お湯に入る時って身分とかお金があるとか老若男女とかも関係ない。そういう風通しのいいところでみんなが湯につかっている。それが温泉本来の姿です。アートがいろいろな人をつないで、まち自体が大きな浴槽みたいになったら楽しいと思います。

_W1A5740

山澤商店ギャラリーの向かいには、日比野克彦さんが残した作品が。今も当時の制作風景を動画で観られる。「日比野さんがいつ帰ってきてもいいようにしているんです」と山澤さん

2019年までの道後温泉のアートは、基本的に観光客に向けられていて、まちの人のものではなかった。それが回を重ねるうちに次第にまちに浸透し、参加型のプロジェクトを経験したことによって、アーティストやクリエーターという人を通してアートの作用が地域にまで広がった。その体験を経て、道後の人びとの発言も少しずつ変わってきた。アートはツールではなくアーティストの表現であり、アートをまちづくりにどう活かすかは、アーティストの仕事ではなく道後にいる自分たちだ。それがアートを自分ごととして捉えるということなのだろう。道後の商店街組合と旅館組合も、アートプロジェクトを通してまち全体について話し合う機会が増えたという。

参加型のアートプロジェクトは新しい交流の回路を道後温泉に開いた。それは2014年のオンセナートを終えたホテル支配人の言った「まちの血行が良くなった」という言葉にも通じる。人びとを通して地域が開かれ、関わる人も広がり、そして山澤さんのような人の熱意がまた別の人を動かしていく。そうした多様な人びとの創造と実践を「大きな槽のように」まちが受け止めるのだろう。アートはまちに作用するのではなく、そこにいる人びとの創造性にはたらきかける。

最終回は、地元の若い世代をはじめ、ここまで登場した人びとが考える、これからの道後温泉とアートの行方を探る。

道後オンセナート 2022
https://dogoonsenart.com/

取材・文 :坂口千秋(さかぐち・ちあき)
アートライター、編集者、アートコーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場にプロジェクトベースで携わる。WebマガジンArt Scapeで「スタッフエントランスから入るミュージアム」を時々連載中。カルチャーレビューサイトRealTokyo編集スタッフ。ボランタリーアートマガジンVOID Chicken共同発行人。

写真:成田舞(なりた・まい)
1984年生まれ、京都市在住。写真家、1児の母。暮らしの中で起こるできごとをもとに、現代の民話が編まれたらどうなるのかをテーマに写真と文章を組み合わせた展示や朗読、スライドショーなどを発表。2009年 littlemoreBCCKS写真集公募展にて大賞・審査員賞受賞(川内倫子氏選)2011年写真集「ヨウルのラップ」(リトルモア)を出版。

編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。最新刊の編書『辻村史朗』(imura art + books)。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など、聞き書きに『ありのまま』(リトルモア)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。