アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

空を描く 週変わりコラム、リレーコラム

TOP >>  空を描く
このページをシェア Twitter facebook
#248

エレキギターとバイオリン
― 下村泰史

エレキギターとバイオリン

(2017.12.31公開)

コミュニティ・ミュージックの現場では、口琴や炊飯釜といったものを中心に演奏してきたのだが、最近は地域の盆踊り復興に関わったこともあり、ギターをいじることが増えてきた。これまでは「Fが押さえられない初心者」を長年やってきたのだが、それでは職責を果たせない感じ(他のメンバーはプロ)になってきたので、あわてて練習を始めたところである。
観察してみると、エレクトリック・ギターというのは面白い形をしている。ふつうのギターと違って左右対称でないことも多いし、基本的にピックアップで弦の振動を拾うので共鳴胴がないことも多く、そういう場合は木の板というか塊のような感じである。今回は、この「もの」としてのエレクトリック・ギターの形とその起源について少し考えてみたい。

エレクトリック・ギターというと若い人もする(もちろん年寄りもする)大音量のロック音楽で使われる印象がある。今は電子的に音をつくったり、既存の音源を加工したりして音楽を作ることも多いわけだが、躍動的なポピュラー音楽において、電気増幅式のギターは、ドラムセット、ベースと並んで今でも現役の主だった楽器の一つである。
ロックのイメージが強いので、若い人が鳴らしているイメージが浮かぶが、歴史的なバンドの場合には、何十年も前の若者だったりするので、その歴史は結構長い。今の若いバンドが使っているギターも、ン十年前のモデルだったりする。何十年も前のモデルが、違和感なく現代のバンドに溶け込んでいるというのは、なんだか凄いことのような気がする。自動車だと、60年前のものだったらクラシックカーである。パソコンであれば、20年前のものでさえ、もう使えなかったりする。ところがギターだと、50年前のものであっても、形も音も現役なのであるから、不思議といえば不思議だ。

ここまで、ロックがらみで話をしてきたが、エレクトリック・ギターの歴史は、今私たちが知っているモダーンなロックよりも古い歴史を持っている。フェンダー社の最初のエレクトリック・ギター「エクスクワイア(今のテレキャスターの原型)」が作られたのが1949年、エレキギターの一つのイメージを決定づけた名器「ストラトキャスター」が発表されたのが1954年だという。

「ストラトキャスター」は、当初はカントリー等で使われ、60年代には不人気となるが、ジミ・ヘンドリクスがこの楽器の可能性を極限まで拡張するような演奏をしたことから、改めて創造的なロックの分野で使われるようになっていったという歴史があるようだ。今ではロックはもとより、ポップス、ファンクなど、きわめて幅広い分野で使われている。
もうひとつの代表的なエレクトリック・ギターの名機として、ギブソン社の「レス・ポール」がある。これは、レッド・ゼッペリンのジミー・ペイジや、ガンズン・ローゼズのスラッシュの使用で、ハードロックのイメージが強いが、もともとはジャズ・ギタリストのレス・ポールのシグネイチャー・モデルである。

少年向けのエレキギター入門、のような本を見ると、だいたいこの「レス・ポール」と「ストラトキャスター」が大きく二つのタイプのギターとして紹介されている。このコラムではその設計の細部には立ち入らないが、形態が大きく異なるだけでなく、それぞれまったく異なる設計思想をもっており、ある意味この2本がエレクトリック・ギターの世界の二つの極を形成しているといってもいいかもしれない。このあたりについては、「エレキギター博士1)」あたりのwebサイトを見ると、いろいろなギターが紹介されているので、各々確認していただきたい。

で、ここからが本題なのだが、しかしこの二つのギターのデザインにはあまり知られていない共通点がある。それは、バイオリンなどのビオラ属擦弦楽器の形態の参照が見られることである。

「レス・ポール」は一見したところ、カッタウェイは持つもののヘッドからボディに至るまで左右対称に近い形態をしていて、ボディは小振りながら常識的なギターに近いシルエットを持っている。このギターは、前から見るとよくわからないのだが、「アーチドトップ」と言われていて、ボディの真ん中、弦のブリッジのあるあたりが、ふくらみをもって盛り上がっている。これが独特の優美な印象を与えるのだが、これはもともとは「レス・ポール」のような空洞のないソリッドギターの形態的要素ではない。ジャズ等で使われる、大きな空洞を持ったエレクトリック・ギター、いわゆるフルアコとかセミアコと呼ばれるような種類のギターの特徴である。これらは、大きな空洞を持ち、中央が立体的に膨らんだボディに、バイオリンのような「fホール」を持つ。バイオリンやチェロといったビオラ属の楽器も、「fホール」を持ち、ボディの中央が高まりを見せ、そのため若干寝たネックを持つ。これらのギターは、そうした古典的な擦弦楽器と共通する形を持っている。ギブソン社はもともとそうした形のギターを作ってきたメーカーであった。空洞のないソリッドギターとして開発された「レス・ポール」に「fホール」はないが、くびれ、中央が柔らかく膨らんだボディの形には、そのような伝統が現れている。

一方の「ストラトキャスター」は、今ではスタンダードとなっているが、よく見ると随分思い切ったデザインである。こちらは、ヘッドからボディまでまったく左右非対称である。奇抜なようだが手にとって見るとひとつひとつ理にかなっており、それまでのギターとはアイディアを異にする、純機能的なデザイン・アプローチが取られているように見える。糸巻きが一列に並んだヘッドも斬新なものだが、弦が屈曲せずに糸巻きに至るようにデザインされており、機能的である。この独特の形状のヘッドだが、この形は、バイオリン等のヘッドを「横から見た形」がモチーフになっているということである2)。そう思ってギター全体を見てみると、キュビズム時代のピカソやブラックが描いた弦楽器のようにも見えてくる。「ストラトキャスター」のデザインでは、機能主義の徹底と同時に、伝統的な弦楽器の形態の、読み替えによる参照が行われているのである。

ギブソン社製ギターに見られるバイオリンの形態要素は、直喩的ということができるかもしれない。フェンダー社製ギターでは、グラフィカルな再構成という、30年後の建築家がしたような、現代的な操作が行われている。しかし、そのイメージの向こう側には、ともにヨーロッパのクラシックな楽器のイメージがあるのだ。

現代の私たちは、「レス・ポール」や「ストラトキャスター」を、多くのロックスターの映像とセットで見てきているので、その形をロックのイメージと切り離し難いものとして認識してしまう。しかし、それらが生み出された時には、その形態は別の影響関係の中から現れてきている部分がある。ギターとは縁遠く思われる、バイオリンの仲間について、デザイナーたちはどう考えていたのか。当時の音楽において、バイオリンなどはどういう意味合いを持っていたのか。黎明期のエレクトリック・ギターのデザイナーたちが、何を見、何を聴いていたのか、それを知ることは、楽器たちと改めて出会い直すことにつながっていくだろう。

旧年中はご愛読ありがとうございました。2018年も「空を描く」をよろしくお願い申し上げます。


さて、ここでお知らせです。私、下村も参加している実験的倍音即興音楽グループ「瓜生山オーバートーンアンサンブル」が、来る2月17日、広島県尾道市で演奏会を行うことが決定しました。ご近所の方は、ぜひ「香味喫茶ハライソ珈琲」にお越しください。冒頭で触れた盆踊り(江州音頭)も披露する予定です。

UOE_onomichi


1):エレキギター博士「世界のギターブランド一覧」:https://guitar-hakase.com/brands/
2):リットー・ミュージック「the FENDER STRATOCASTER」(1992)による