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#217

デザインの次に来るもの
― 早川克美

デザインのつぎに来るもの

(2017.05.28公開)

「デザイン思考」は、企業・組織にイノベーションを起こす方法として注目されている。「デザイン思考」という、デザイナーの思考プロセスを形式知として汎用化したフォーマットは、デザインを専門家の特別な技能から、協働によって成立させる思考ツールへと社会に定着させることに寄与したと考えている。

しかし、イノベーションにはいくつかのパターンがあり、「デザイン思考」はそのすべてのイノベーションを起こすツールとしては十分ではないというのが私個人のかねてより実感していたことだった。ユーザーのふるまいを精緻に観察・共感・洞察することを起点として、その事象の問題を発見し、解決策をプロトタイピングを実践しながら思考、組み立てていくのが「デザイン思考」の基本的プロセスであるが、ユーザーの満足度にはアプローチできても、今までになかった価値や新しい未来を思考するには、このプロセスからでは導けないのではないか、というのがその理由である。

「デザイン思考」を否定するものではないが、万能のツールとしてもてはやされているような昨今に、もやもやとした思いを抱いている時に出会ったのがロベルト・ベルガンディ(2009)「デザイン・ドリブン・イノベーション」という本だった。この本では、デザイン思考は漸進的イノベーションには有用だが、急進的イノベーションには向いていないと説かれている。そこで用いられているのが、いかに新しい”意味”を生み出すことができるか?ということだ。「デザイン・ドリブン」では、「デザイン・ディスコース」と呼ばれる、さまざまな分野の専門家で構成されるネットワークを生成しそれを基盤として、彼らの卓越した洞察と解釈を集め、デザインすべき問題を見出していくというアプローチが示されている。「デザイン・ドリブン」にふれた時、先述のもやもやとした思いが整理され、それまで使われていた「デザイン思考」という狭義な意味から、もっと広い意味で捉える必要を考えるようになった。そのことは、拙著「デザインへのまなざし」でまとめている。

さて、前置きが長くなってしまったが、今回ご紹介するのは、安西洋之・八重樫文 著「デザインの次に来るもの」という本である。ベルガンティの本ではディスコースを基盤にしたアプローチが記されていたが、本書ではもう少し噛み砕かれ、欧州の最前線での事例などを織り交ぜながら、現場レイヤーでの理解が深められる内容となっている。「デザイン・ドリブン」で提唱された「意味のイノベーション」は、2010年発表のEUの10年計画の中にも組み込まれ、欧州の最前線で使われているアプローチとなっている。「問題解決」だけでなく、「意味」を変えることで、商品の価値を飛躍的に高めるというのが「意味のイノベーション」だ。中堅・中小企業が、自社の資源を活かしつつ、他社と差別化を図り、長期的に売上を伸ばせる画期的な経営戦略とはどのようなものかについて、特に「雑貨や家具・照明器具」といった非テクノロジー分野で効果の高いこの考え方は興味深いアプローチである。構成は次のようになっている。

第1章 まず、デザインの世界潮流をつかむ
第2章 ヨーロッパはこう動いている
第3章 あらためて、ビジネスにおける「デザイン」とは?
第4章 意味を変える戦略――「デザイン思考」と「デザイン・ドリブン・イノベーション」
第5章 「意味のイノベーション」を実践するには
終章 デザインだけではない、ビジネスにイノベーションを起こす試み

ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナーとして多くのデザインプロジェクトに参画している安西洋之氏が1〜2章・5章を、立命館大学経営学部教授、立命館大学デザイン科学研究センター長でデザインマネジメントの研究者である八重樫文氏が3〜4章・終章を担当されている。3〜4章から読みはじめて、知見を理解した上で、1章から読まれると、現場での実践への理解が深まるのではないだろうか。

経営とデザインに関わるさまざまな知見や現状を理解して、次に来るものに結びつけていく姿勢を表すものとしてタイトル「デザインの次に来るもの」はつけられている。創造のプロセスについて議論は始まったばかりだ。その生成のプロセスそのものがデザインなのだとも思っている。