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アネモメトリ -風の手帖-

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#196

神の鶏
― 石神裕之

神の鶏

(2017.01.01公開)

初鷄や動きそめたる山かづら 高浜虚子

丙申(ひのえさる)から丁酉(ひのととり)へと年も改まり、新たな一年の幕開けである。

掲出の虚子の句は、一番鶏の鳴き声とともに、山の稜線にたたずむ雲に茜が差し、棚引き始めたようであると、元旦を寿いでいるものだ。

鶏と日本人との関わりは古い。記紀には、天照大御神が弟神の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の悪行に怒り、天岩戸(あまのいわと)に隠れて世界が闇となったおりに、朝を告げる長鳴鳥(ながなきどり)を鳴かせた説話が記されているが、これは鶏のこととされている。

伊勢神宮の式年遷宮の折、旧社殿から新社殿へ移る天照大御神の出御に際して、神職による「カケコー、カケコー、カケコー」という鶏鳴三声で始まるのは、この名残といわれる。現在、伊勢神宮内宮には何種類かの「日本鶏」が神鶏として放たれている。

写真は石上神宮(奈良県天理市)境内に放されている「長鳴鶏」の一種である東天紅(とうてんこう)。石上神宮のホームページによれば、40年ほど前に奉納されたものだそうだが、こうした神鶏たちをみていると、神と鶏とのゆかりの深さに思いを新たにする。

現在、天然記念物に指定されている日本固有種である「日本鶏」は17種類いる。だが、これらの種は日本原産ではない。では、どこからやってきたのか。

「ニワトリ」はキジ目キジ科に属し、いわゆる「家畜化」されて肉や羽毛などを利用するようになった「家禽」である。その研究は古くから行われてきたものの、DNA分析が盛んになっている現在に至っても、明確な原産地と伝播ルートは判明していない。

最近では、東南アジア付近で家畜化が行われ、中国大陸へと伝わり、そこから世界各地へと展開していったと考えられている。

日本での発掘事例としては、弥生時代中期~後期(約2,000年前)の遺跡である原の辻遺跡・唐神遺跡(長崎県壱岐市)から出土した骨が最古とされている。1959年に鳥類学者黒田長久が報告し、最近再検討が行われて、まさしくニワトリの骨であることが確認された。

この発見により、日本には弥生時代にはニワトリが存在していたことは間違いないようだが、中国大陸から直接来たものなのか、朝鮮半島を経由してきたものか判然としていない。ちなみに古語では、ニワトリを「くたかけ(くだかけ)」と呼んだことから、南方熊楠は百済から来たことを指すのではと推論している。

実は、ニワトリにかぎらず、「鳥」の存在と弥生文化とのつながりについては、さまざまな立場から関心が払われている。

その契機は、弥生時代中期(約2200~2000年前)の池上曽根遺跡(大阪府和泉市・泉大津市)から、6点の「鳥形木製品」が発掘されたことに始まる。形態からは鳥の飛翔する姿を模したものとされ、その用途に注目が集まった。

古代史研究者の鳥越憲三郎はこの事例を踏まえて、中国雲南省からタイ、ミャンマー、ラオスにかけて生活している「アカ族」の民俗事例をもとに、稲作文化に通底した習俗のなかで「鳥」の形象物の意味を捉えようとした。

すなわち、アカ族の村の入口には門があり、二本の柱に笠木をのせた形状をしている。その笠木には木製の鳥が数羽おかれ、その鳥は天の神々が降りてくるための乗り物であるのだという。

また朝鮮半島には、「ソッテ」と呼ばれる鳥の形象物を先端に取り付けた木製の構築物を立てて祭儀を行う習俗があり、それらは「タブ」と呼ばれる村の入口の石積みの塔の近くに建てられるのだとされる。

また日本でも、宮内庁が所蔵する佐味田宝塚古墳(奈良県北葛城郡河合町)から出土した日本製の青銅鏡は、4軒の家屋の絵が鋳込まれており「家屋文鏡」として名高いものだが、その高床住居の屋根に、鳥が二羽描かれていたのである。

こうした状況証拠をもとに、鳥越は「鳥」の形象物を信仰的な習俗を背景としたものと捉え、弥生文化と東アジアの稲作文化とが親密な関わりを持つことを示そうとした。

ほかにも考古学者をはじめ、さまざまに説が出されているが、その評価は定まっていない。

神社における「鳥居」も、なぜ「鳥」が「居る」と書くのか、と考えると、アカ族の事例は魅力的であり、鳥越の説に寄り添いたくもなるが、残念ながら現在のところ実証性のある証拠はない。

ただ鳥という存在が、弥生時代以来、身近であったことは確かであり、形象化したということは象徴的な意味、いわゆる信仰に関わる要素をもっていたとは言えるのかもしれない。

鶏以外にも鳶や烏など、日本神話では鳥がたくさん登場してくることも、それを裏付けているだろう。

酉年の始まりにあたって、身の回りの鳥たちと人間との関わりについて、その歴史を振り返ってみるのも面白いのではないだろうか。

【参考文献】
江田真毅・井上貴央 「非計測形質によるキジ科遺存体の同定基準作成と弥生時代のニワトリの再評価の試み」『動物考古学』28、2011年
田名部雄一・飯田隆・吉野比呂美・新城明久・村松晉「日本鶏の蛋白質多型による品種の相互関係と系統に関する研究:5. 日本鶏,日本周辺鶏,西洋鶏の比較」『日本家禽学会誌』28(5)、1991年
鳥越憲三郎『古代朝鮮と倭族 神話解読と現地踏査〈中公新書〉』中央公論社、1992年